Dolce Vita

02.日常


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「はあ……もぉ駄目えぇ……寝るうぅ……」
 激しい行為の後。やっと俺に後始末をされることに慣れてきたのだろう、そのまま風澄は俺の隣にうつぶせになって寝転んだ。と言っても、その表情に疲労は見られない。あったとしても、それは心地よい疲れだ。充実感とともに、身体に残る快楽を深く味わい続けるように、満足しきった顔で彼女は目を閉じる。まるで幸福に浸っているかのような彼女の姿を見ると、ますます愛しさが募っていく。行為は終わったというのに。
「おいおい、朝だぞ?」
 お互いの始末を済ませて、話しかける。終わった後の会話は好きだ。行為への満足も手伝って、愛し合った後のけだるさが心地よい。……いや、愛されてはいませんけども。しくしく……いいんだ、俺は幸せなんだから。
 それにしても、不思議なもんだな。昔は、即行背を向けたりはしないまでも、終われば世間の男並みに醒めてしまっていたのに。好きな女が相手だというだけで、これほどに変わるものなのか……。
「私、夜行性だもぉん……低血圧気味だから朝弱いしぃ……」
 行為のときと似た甘えるような喋り方をしながら、彼女は支離滅裂なことを言う。枕を引き寄せ、目は伏せたまま、それでも顔だけはこちらを向いてくれていることが嬉しい。
「夜行性ってなぁ……コウモリじゃあるまいし」
「んー……そういえば昔、学校がお休みになると、つい、昼夜逆転しちゃうのっていう話をしたら、『コウモリ生活者』って言われた……」
「へぇ、誰に?」
 なかなか上手いこと言うな。長い付き合いの友人だという橘さんの評だろうか。
 何気なく聞いてみると、風澄は薄目を開け、やや逡巡しつつ呟いた。
「…………、宗哉に……」
「……ふぅん?」
 おまえ、この状況でそれを言うかね?
 わかってるんだけどな。そうやって自然にあいつの話ができるってことは、だいぶ平気になってきているっていうことだって。あんな、泣きながら訴えていた頃とは大違いだ。いい傾向だと思う。
「やっ、ああっ、なにす……っ、あぁあん!」
 とは言っても、やっぱり面白くないので、俺は即座に二回戦を仕掛けることに決めた。後ろからのしかかって、手のひらで胸を包んで揉む。重力のせいで増えるから、普段よりもいい感触だ。風澄はこれに弱い。いや、俺も弱いけど。風澄はそんなに胸があるほうではないんだが、適度にあるし、バランスが取れていて、なにより形が綺麗なんだよなぁ。そして、驚くほど柔らかい。彼女自身は少し不満なようだが、身体も細身だし、俺はちょうどいいサイズだと思う。つぅか、この容姿に加えて胸まであったら今以上にもてちまうだろうからこのままで充分! でも、いつも触ってるから増えるかも……いや、それはそれでいいんだけどさ。なんだかんだ言っても、男としては嬉しいわけで。それに、今のサイズじゃアレは難しいだろうしな。余裕でできるサイズだとしても、してくれるかはわからないけど。あーそこっ、だから、アレってなんだって聞くなってばよ。男のロマンだっつってんだろ?
「やん……あぁ、はあぁん……っ、そんな……続けてなんてえぇ……」
「連続でだって何度もしてるじゃないか……平気だろ?」
 最近は一度しては寝たり起きたり勉強したり食事したりして、またやって……の繰り返しだったから、あまり続けて何度もすることはなかったんだが、連続でしたこと自体は幾らでもあるからな。経験がないとは言わせないぞ?
「やぁん……私、そんな体力ないったらあぁ……」
「俺はある。だいたい、おまえも鍛えてるだろ?」
「えっ? わ、私、特に運動なんてしてないわよ?」
「だからこうして毎日鍛えてやってるんじゃないか」
 手を這わせ、指を使い、セックスで、と言外に表現する。
「あぁ、そういうこと……って、なに言ってるのよぅ……」
 風澄は本当に外に出ないし、動かないからなあ……そっちのこと以外は。燃費が悪いから、たぶん基礎代謝は標準より高いんだろうけど。基礎的な体力や筋力はあるし、身体はしなやかだが、なにか特別なことをしているわけではないようだ。あのスタイルをどう維持しているのか、俺にはさっぱりわからない。
 やっぱり、天はこの子に二物どころか三物も四物も与えてる。
 でも、それだけで風澄が幸せになれるわけじゃない。
 俺を幸せにしてくれるのは風澄だけど、俺は風澄を幸せにしているのだろうか?
 少なくとも俺のそばでは安らいでいると思うけれど。
 ……いや、今は乱れさせてるけどな。
「やああぁん……」
「嫌なのか? じゃあやめちまおうかな」
 ぴたりと動きを止め、触れるだけにする。しかも、欲しいと言わせるために、ギリギリで本当の快感には繋がらないような、きわどい触り方で。
「っ……ぅうう……昂貴の馬鹿あぁ……」
「それとも、嫌じゃないのかな? して欲しいことはちゃんとお願いしようね?」
 口調を変えて、声色を変えて、ふざけ半分に優しく語りかける。
「わ、私、いっつも言ってるじゃないのおぉ……」
「毎回じゃないぞ。毎日だけど」
「ああぁん! こぉきの、いじわるうぅっ! えっち、すけべ、へんたあぁい!」
 もはや漢字に変換されてないぞ風澄……。
「だからね、その意地悪な変態さんにこんなことされて毎回悦んじゃってる風澄ちゃんも、相当な変態だよ?」
 カスミチャンって。なに言ってんだかなー、ほんと。
「ううう……いいもん、変態さんでも! 昂貴が私をそうしたんだから!」
「俺を変態にしたのは風澄だぜ?」
「違うもん、私、そんなことしてないもん!」
 いや、確実にしてます。その反応からして俺を誘ってるし。
 凛然として、他者を決して易々と寄せ付けない彼女が、こんなに可愛らしい甘え声をあげて悶えているのだ。俺の理性の箍(たが)なんぞ、緩むどころか外れまくりである。
「でもさ」
「……なに?」
「変態だろうがなんだろうが、どうでもいいよな」
 こうしてふたりでいられるなら、なんだって構わない。
 こんなに心地よい時間を過ごせるんだから。
「……うん」
 しかもそれに賛同してくれるこのシアワセ……くううぅー。感無量。
「だから言って? 聞きたい」
「いやあぁ! ずるいよいっつも私ばっかりっ!」
「じゃあ俺が言えばいいんだ?」
「え?」
 いいことを思いついた。風澄は自分で言うのも恥ずかしがるが、俺に言われても同じ効果が得られるに違いない。……もしかしたらそれ以上の。
 そこで、風澄をひっくり返すようにして仰向けにさせ、向かい合って、じっと彼女を見つめた。挿入はしていないが、正常位の体勢で。ベッドに手をつくと、細身な彼女は俺の下にすっかりおさまってしまう。
「風澄」
「……はい」
「風澄が欲しい」
「……っ……」
 うわ、一気に真っ赤だ。たったひとことなのに。うーんいいねえこの反応。
「風澄にキスしたい。風澄に触れたい。風澄を抱きたい。風澄に挿れたい。風澄の中で動いて、風澄を突いて……イかせたい。イきたい。何度も……」
「や……そんなこと、言わないでぇ……っ」
 赤面したまま、頭をふるふると振って。
 俺が言葉を紡ぐたびに身をよじる。まるで言葉で愛撫されているように。
 あながち間違ってはいないか。甘い甘い、言葉攻め。
「風澄だって毎日のように言ってるだろ? 抱いてとか、欲しいとか、もっととか、来てとか、挿れてとか……しかも喘ぎながら……」
 いやぁもう、あの表情とあの声とあの格好でそんなこと囁かれるもんだから、たまらない。俺の自制心なんぞ、もろくも吹っ飛んじまう。ただでさえ、素肌を晒している風澄の前で平静でいられるわけがないっつーのに。
「あなたが言わせてるんでしょうが!」
「じゃああれは本心じゃないんだ?」
「う……」
 言葉に詰まってる。まぁ、あの反応は嘘じゃないだろうからな。確実に。
 女は男の嘘をいとも簡単に見抜いてしまうことがあるが、男が女の嘘を見抜くのは至難の業だという。それは事実だろう。今や科学的にも証明されていることだし。でも、嘘をつけない部分も、確かに存在するのだから。
「抱かれるからには反応するのが義務だと思ってる? それとも演技?」
「そんなことできないもん……したことないよ」
「本心だよな?」
 彼女の返答を嬉しく思いつつも、俺は問い返す。
 普通、わざわざ念を押してこんなことを聞いたとしたら、女を悦ばせる自信がないのだと受け取られてもしかたがない。余程の経験不足ならまだしも、異性を知り、それなりに経験を重ねている男が簡単に口にしていい言葉ではないだろう。自惚れるよりはマシだが。それに、こんなことを問う時点で、恥をかかせたいのかと怒る女も居るかもしれない。
 だが、女の嘘を見抜けないのと同じく、女の反応が演技であると見抜くことも非常に難しいのだ。感じかたも、達しかたも、男のように単純でわかりやすくはないから。満足してくれていると思っても、それが勘違いでないという保障はない。
 だから男は、わずかな恐怖を抱きながら、居直るだけ。
 たとえそれが事実であろうとも、決して知りたくないことのひとつだろう。くだらない自尊心だと嘲笑されようが、男の沽券にかかわる話だ。
 開き直って聞いてしまえば楽なんだろうが、そうはいかないのが男という生き物で。
 残念ながら、容易にできることじゃない。
 女は女で、そういうことを口にすること自体を拒むものだ。自分たちが微妙な空気や相手の反応で簡単に見抜いてしまうものだから、察して欲しい、理解してくれても良いはずなのに何故そうしてくれないのかとでも思っているのかもしれない。
 心の不満であれ、身体の不満であれ、お互いにざっくばらんに話し合えたら、もっと男と女の間のすれ違いは少なくなるのかもしれないが……。

 けれど、それでも俺が風澄に問うのは、頷いてくれると知っているから。
 もしも彼女の反応が演技だとしたら、二度と立ち直ることはできないだろうけど……そんなことはありえないという確信がある。
 嘘をつけない部分が確かに存在するのと同じで、どう演技してもごまかしきれない反応も、確かに存在するのだから。
 驚くほど頑固で強情で、なのに誰より素直で正直な風澄だから。

 いつか、風澄となら、こんな行為のことも、話すことができるようになるんだろうか?
 彼女自身は、もう充分に口にしているじゃないのと言うけれど。
 どんなことも、もっと、と願ってしまうのは、俺が欲張りだからなのだろうか。

「……ううう……」
 あぁ、ここで、『好きだ』とか『愛してる』とか、言える関係だったらなぁ。
 そんな恥ずかしい台詞を吐いたことはないけれど、風澄相手だったら言えそうなのに。
 それを聞いて反応する風澄を見たいのに。
 はぁ……ちょっと切ない。
「……風澄は?」
「え?」
「俺としたくない?」
「……答えがわかってるくせに聞くのってずるいよ」
 拗ねたように、ちょっと口唇を尖らせて、そっぽ向いてしまう。だから手で顔をこちらに向けさせ、再び視線を合わせた。
「でもさ、『言うべきことだけ言っていればいいってものじゃない』んだろ?」
 以前、浅井に会わせたとき、風澄が俺に言った台詞だ。宣言どおり、あの日は風澄を徹底的にいじめまくったっけ。ひんひん泣いて、『もぉ許してえぇ』とか言ってさ。可愛かったなー、あれは。いや、いつも可愛いんだが、普段は可愛いと言うより綺麗だから。あの風澄が、可愛く見える瞬間。おいしすぎる。今度またやろう。あぁ、もちろん、いじめたっていうのは焦らしまくってイかせまくったって意味だぞ。そこ、誤解しないように。さんざん悦ばせたんだからな。
「ううう……」
「だから言って?」
「…………、したい」
 結局は言わせようとする俺と、結局は言ってしまう自分が理不尽なのだろうか、少しむっとした表情だっだけど、その言葉に嘘はない。いい加減に発していない、大切な想いをこめた響き。
「よくできました。じゃあ、ご褒美に君の希望をひとつ叶えてあげましょう」
「え? なぁに?」
「どうされたい? どういうのが風澄は一番気持ちよくて好きなんだ?」
「そんな恥ずかしいこと聞かないでよっ!」
 うーん、だめですか。でも風澄を気持ちよくしたいしさ。攻略のためには傾向と対策をつかみたいし、リサーチは重要だろ? いや、大抵のことは反応でわかるんだが。それこそ、意図したとしても不可能な、ごまかしきれない部分の反応で。
 性行為における主な体位と言えば、正常位、後背位、騎乗位、立位、座位、側位だろうか。詳細に分類するともっと複雑なのだが、大雑把な分類なら、この六種類で充分だろう。とは言え、必ずしも男女の双方が同一の体位を取るとは限らないし、最初から最後まで同一の体位を取るとも限らない。また、他はともかく、最後の側位は何故かあまり知名度(と言うのも変な話だが)が高くないように思う。単に繋がりにくいせいかもしれないが。要するに、横になって交わす行為のことだ。
 風澄とはひととおり楽しんだし、どんな行為でも受け容れてくれるのだが、思い返してみると、やはり、体位によって好き嫌いがある気がする。むしろ、好みと言うべきだろうか。得手不得手と言うと違う意味になってしまうし、慣れと不慣れというのも変な表現だ。
「正常位がいいんだよな?」
「いやああぁん!」
 前に、普通にしてって言ったくらいだしな。まぁ、これは体位に限った話じゃなかったんだが。あれから、一日一回は向かい合ってするようにしている。正常位とは限らないけど抱き合って。風澄の顔が見られるから、俺も好きだしな。
「後ろからは苦手なんだっけ? でも感じてたよな?」
「やあぁーっ、答えないっ、答えないったらぁ!」
 後背位って、ただでさえ締まりがいいのに余計に良くなるから、あんまり長持ちしないんだよなぁ。締まりというものは、大雑把に言うと脚を閉じていれば強くなるし開いていれば弱まる。つまり力を入れやすいか入れにくいかの差だ。ゆえに、後背位で脚を閉じていれば自ずと締まるし、騎乗位だと脚を開かざるを得ないから締めつけが弱まるというわけだ。あと、後ろからすると、風澄の顔が見えないのがちょっとなー。キスしづらいしさ。深く挿れられるし、獣みたいにお互いを貪ることができるから、行為自体は結構好きなんだが、風澄とはあまりしていない。
「騎乗位だとものすごい乱れ方が変わるし……」
 俺はリードするほうが好きだし風澄は乱されるほうが感じるので、これはそんなにしたことがない。だが、あの風澄が、貪欲に快楽を求めて自分から動いてくれた時は、本当に嬉しかった。対面座位から慣らしていったのだが、最初は恥ずかしがって身をよじる程度だったのに、ひたすら焦らしたところで何度か突き上げたら豹変した。しかし、自分で動きをコントロールしやすい体位とはいえ、重力の関係で非常に深く繋がることになるから、風澄は辛いかも。脚を閉じていないせいで締まりが弱まるから、俺も長持ちするし、なおさら大変かもしれない。彼女は見た目からは想像できないほど情熱的な女性なのだが、自分から積極的に動くほうというよりは、俺の行為に応えるタイプだし。でもなあ……自分からは仕掛けない一方で、マグロだの不感症だのという言葉とは程遠いんだよな、これが。
「横からと下からは必ず深いとか当たるとかって言うしなぁ……」
 横は脚と脚が交差するわけで、挿れやすいから自然と深くなる。体勢的にはちょっと無理のある場合が多いけど。そして下からというのは騎乗位と同じく自分の体重がダイレクトにかかるから、どういう格好でも抉られるような感触になるらしい。奥までしっかり密着できるから俺は好きだ。
「立ってすると支えなきゃいけないから、やっぱり風澄はベッドに横になってるのが一番いいかな……でも立ったまま抱き合ってするのは良かったよなー」
 立位は、屋外でしたのと、実家から帰った日に風呂場でした時くらいだけど。屋外でした時は風澄に無理をさせてしまった記憶がある。風呂場での行為はすごく良かったんだけど、さすがに疲れるからなぁ。個人的に、支えながらするのは好きなんだが、いかんせん維持が大変だし。俺が立って、風澄を抱き上げてしたらいいかもしれない。ものすごく体力を使いそうだが、密着率は高そうだ。風澄は密着しているほうが感じやすくなるみたいだし。うーん今度是非。
「あぁでも、座ってするのはいいな。俺はかなり筋肉使うけど」
 対面座位はいいぞー。下から突き上げるのは疲れるけど、密着率が非常に高いから。座って後ろからしたこともあったっけ。これは、背面座位だな。風澄の顔が見えないこととキスしにくいことがネックだが、後ろかイロイロできるので結構いい。なにより、鏡プレイにはうってつけである。
「前戯はさ、触られるのも弱いけど、やっぱ舐められるのが一番弱いよな?」
 どこが弱いっていうか、身体中性感帯かってぐらい反応する。滅茶苦茶くすぐったがりだし。くすぐったいところは性感帯だって聞いたことがあるけど、たぶん合ってるな。なんつーかもう、どこもかしこも反応するんだ。それが楽しいし嬉しいしで、ついつい身体中いじりまわしてしまう。舐めると言えば、最初っから口でしてたからなー俺。それに、しなかったことあったっけ……って、バター犬か俺は。よく考えるとヤバいかもしれない。でもあれは風澄の反応が一番すごい気がする。恥ずかしいからこそ乱れてさ。ベッドで風澄を膝立ちさせてその下から俺が口で攻めたときはすごかった。言ったらきっとさせてくれないから、風澄をだまくらかしてやったんだが。丸見えだし、体勢的にも恥ずかしいだろうが、してることは更にとんでもないからな。しかし、このまんまじゃフェラもシックスナインもできやしないからさ。だいぶ慣れて大胆になってきてくれてはいるんだけど、まだまだ開発途中だな。あぁそこ、わからないことは自分で調べるように。
 ……あれ?
 そういえば反応がない……風澄さん?
「風澄?」
「ううう……昂貴なんか嫌あぁい……」
 うわ、耳まで真っ赤。しかも涙目。非難されているはずなのに、まるで誘われているみたいに思えてしまうあたり、やっぱり俺は風澄にメロメロである。うーん我ながら阿呆だ。ま、それで一向に構わないけど。それにしても、恨めしそうな声だなぁ。嫌いと言われること自体はちょっとショックなんだが、逆の意味だからそう言うんだってわかってるからさ。
 だって、本当に嫌いな相手に対しては、風澄はこういう態度は取らないから。
「俺は好きだけど?」
 だから調子に乗って自分の本心をこめて言ってみる。さっき言えないと思ってたけど、こういう状況なら冗談半分でオッケーだろう。たとえ、あくまで表面上は好意という意味だとしても。風澄はますます真っ赤だ。いいねー。俺の気持ちはわかってないだろうけど、この台詞が嘘だとも思ってないよな?
「風澄は俺のこと嫌いなのにこんなことしちゃってるんだ……へえぇ……」
「やっ、違……」
「嫌いな奴に抱かれて感じちゃってるんだね……知らなかったよ」
「っ……わかってるくせに……ひどいよぉ……」
「……ごめん、拗ねてるだけだよ」
 いい加減、俺も我慢できなくなってきたからさ。
「でさ、どれがいい? リクエスト受付中なんだけど」
「ううう……やっぱり選ばせるの?」
「うん。したいだろ?」
「……したいけど」
 うわぁ……嬉しいな、これは。充分に知っていることであっても。
 だって、これは『昂貴に抱いて欲しい』と誘われているのと同じこと。さんざん恥ずかしがらせた後なのに。これで喜ばないほうがどうかしている。
 彼女は時々こういうふうに俺を喜ばせる言葉を口にしてくれるのだが、完全に素の発言であり、なおかつ予想がつかないので、俺の心臓は乱されっぱなしだ。
 そんなことなど全く自覚していない風澄は、思わず頬を緩ませた俺を、きょとんとした顔で見上げるだけ。まぁ、自覚があったとしても『言わせたのは昂貴でしょうが!』と返されるだけだろうが。
 無意識だからこそ余計に嬉しいし、自覚した上での発言だったとしても、風澄になら、幾ら翻弄されたって構わない。
 だって、俺の心は彼女のものだから。
「どれがいい?」
「……………………」
 逡巡の末、風澄が選んだのは。
「抱き合って、したい」

 * * * * *

「こっちの趣味まで合うとはなぁ……」
 抱き合いながら呟く。俺も気に入ってたけど、風澄も好きだったんだな、この体勢。アレだよ、対面座位。
「だって、抱き合いながらできるじゃない。ぴったりくっつけるし、目線も一緒になるし」
「胸も目の前だしな」
「っ……えっち!」
「そうだよ」
 さらりとかわす。いいじゃないか風澄限定なんだし。
「ほんとはね、普通のがいちばんいいんだけど」
「あ、やっぱりそうなのか?」
「……ううう……結局、言っちゃった……」
 恥ずかしそうに俯く風澄が可愛くて、思わず笑ってしまった。軽く睨まれたけれど、なだめるように頭を撫でてやると、しょうがないなぁという顔で続けてくれる。
「昂貴の影が落ちてくるのが嬉しいの。落ち着くって言うか……昂貴の腕に包まれている気がして、すごく安心するし。他のだと、そういうのってないでしょ?」
 穏やかに揺すりながら会話する。いつもみたいに激しくはないけど心地よい。たまには、こういうのもいいな。あ、そうか、このまま立ってもいいんだ。今度そうしよう。今回は、ちゃんと風澄のリクエストに応えたいから。
「俺も好きだよ。風澄が俺の下でどんどん淫乱になっていくのとかね」
「やぁん……昂貴がそうしてるんだもん……」
「じゃあ三回目はそれで」
「ええぇっ……まだするの!?」
「これが終わって、俺が復活したら、な」
「っ……!」
「まぁすぐに復活するだろうから期待しといて」
 いやほんとに。風澄見てると止まらないんだよなー。猿か俺は……否定しても信じてもらえる自信がありません。
「これはこれで楽しまないと。なんたって風澄のリクエストだし」
「ううう……」
「気持ちいいんだろ?」
 風澄はそれには答えず、俺の顔を引き寄せてキスをした。
「んっ……」
 この短期間でものすごく上達した舌使い。最初に風澄からして欲しいと言ったのは俺のほうだった。彼女が杉野にきつい言葉を吐かれて落ち込んでいた時、そんな風澄を元気付けたくて、ふざけつつ、個人的希望を含めつつ。だって、やっぱり不安じゃないか、してもらえないと。それからも何度かしてもらったんだが、無断で俺の口唇を奪うことに逡巡しなくなったのは、やっぱり杉野の一件からだった。人前でやっちまったことで迷いがなくなったんだろうか。あの時は俺のほうが驚くほど貪欲に口唇を貪ってたからな。頭がおかしくなりそうなほど気持ちいいくちづけ。キスだけでこんなになっちまうのも絶対風澄だからだよな。風澄が上手いっていうのもあるんだろうけど。
 よくこれだけ親しくなれたと思う。始まりはあんなだったのに。いや、親しいの意味が違う気もするが。でも、やっぱり、こういう行為をさせてくれるっていうのは、心を許し合っているからだと思うんだよな。しかも、ただ受け容れて応えるだけじゃなくて、風澄からしてくれることもあるし。だって、なにも着てないんだぜ? そのうえ全身に触ったりキスしたり、相手の体内に挿れたり挿れられたりするんだから。お互い、他の奴としたこともそれなりにあるんだが、触れ合うだけでこんなに気持ち良かったことはなかった。そこも一緒だ。俺自身も、誰かとこんなふうに親しみあえる日が来るとは思っていなかった。馴れ合うタイプの人間じゃなかったからさ。ほんと、これだけ相性が良い相手が風澄でよかったよ。やっぱり俺は幸運かもしれない。
 そんなこんなでその日は朝から三回もして(三回目はもちろん正常位でな)、ふたりとも疲れてそのまままた寝てしまった。一応言っておくけど、俺たちは真面目で勤勉な学生である。……たぶん。
Line
To be continued.
2008.02.23.Sat.
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