Rosy Chain ： 第一部

* Kasumi *
「私が欲しいのは、彼なの」
「……昂貴しか、いらないの」
　誰より、何より――そう宣言した自分自身に驚いた。
　その言葉が当然のように口から出たことに。
　そして……やっと、はっきりと気づいた。
　自分の心に棲みはじめたひとの存在に。

　尊敬。羨望。憧憬。それから……
　これは友情？　それとも恋愛？　あるいは他の感情？
　――わからない。
　でも、そんな言葉を定めることが大事なわけじゃないってことは、わかる。
　頭で理屈と言い訳を考えているうちに、失ったものを憶えてるから。

　ただ、この手と手を繋いでいたいということ。
　心を赦して、全てを委ねて、抱きしめあう時間が欲しいということ。
　それだけは、わかってる。
　それだけ、わかっていれば、それでいい。

　でも……
　……本当は怖いの。
　『恋』だとか、『愛』だとか……
　正直なところ、もう恋愛は怖い。したくない。
　誰より自分が怖いから。自分の狂気を、知ってしまったから。
　あの頃のことを思い出すだけで、耐えられないほどに。
　でも……『なくしたくない』とも思った。心底。
　あの腕を独占しているためなら、私はなんだってする。

　その腕の持ち主は、『宗哉』じゃなかった。
　考えれば辛い過去がよみがえる。
　だけどあの腕を思い出せば、その辛さも消えていく。
　忘れられる日などきっと来ないと思っていたのに、
　確実に、それらは塗り替えられていく。
　昂貴が宣言したとおりに。

　*　*　*　*　*

　彼が与えてくれたもの。
　彼が教えてくれたこと。
　今、私のなにもかもが彼に繋がっている。

　ふたりで過ごすことはもはや日常になった。
　ひとりで眠りに就くのはもう嫌で。
　この前まで見も知らぬひとだったのに、どうしてこんなに安らげるの？
　敵わないのに、口惜しいのに、嫌じゃない。
　ただ、いつか追いつくことを、願ってる。

　彼のそばにいたい。
　そして、彼もそばにいていいと言ってくれる。
　その嬉しさを、初めて知った。

　不思議。
　現在の、彼との名前のない関係が、
　過去の、恋人という名前の関係の薄さを教えたなんて。

　*　*　*　*　*

　彼に逢って気づいたのは、戦う強さと縛る強さ。
　それは、あのころの私になかったもの。

　私の、それまでの恋は……
　ただ見つめるだけだった。
　自分が主役になることもできずに。

　この指先が触れられる場所に居たひとが、目の前から去っていくのを見た。
　突然現れた未来に怯えて泣いて、その予感が現実になるのをただ見てた。
　何もできないまま、見送った。
　他の女のもとへ往く男性を。

　でも、もう、そんな失敗は繰り返さない。

　これが正しいことなのか、間違っていることなのか、わからない。
　きっと間違っているのだろうと思う。
　だけど、それでも構わない。そばにいたかった。誰よりも。

　これが恋じゃなくても、このひとが大切なのは本当だから。

　昂貴。
　だからずっと、抱きしめていて……。