唯一のもの、唯一のひと

09.片想い


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* Kouki *
 ……さすがに、ダルいなー。
 なにしろ昨日は風澄があんまり可愛くて(いや可愛いのはいつもなんだが)、ついつい、何度もしちまったから……あれはもう完璧に『ふたりして好きなだけズコバコしてる淫乱で色情狂の変態カップル』だったかもしれない。最後のほう、相当薄かったもんな……何がって聞くな、そこ! いや、俺もなんだかんだ言って三十路近いので。なんたって、今度の秋、十一月の末には、二十七歳だもんなぁ。鍛えてきたから体力には自信があるし、心も若い……つもりだが。見た目に関しては、俺にはよくわからんが、友人もとい悪友の浅井曰く、『顔立ちは二十代前半でも通じるけど、言動や行動、表情なんかがやたらと落ち着いているから、年上に見える。プラマイゼロで年相応なんじゃ?』らしい。
 まぁ、三十歳ぐらいじゃ人間なんてそんな大人にゃなれないもんだけどな。うちの姉の真貴乃なんか、とても年相応とは……。あいつは研究を熱愛しているからなー。真貴乃が分子生物学に傾ける情熱ときたら、俺なんか足元にも及ばないだろう。まぁ、三年以上前に限るならば、多少は対抗できたかもしれないが。
 そういえば、少し前に真貴乃がかけてきた電話の内容は酷かった。一体どんな電話だったのか、って?『昂ちゃあぁ〜ん、聞いてえぇ、ずっと可愛がってた菌ちゃんが死んじゃったのおぉ〜! うえぇ〜ん!』だとさ。しかもそれ、ただの気晴らしでさ。まぁ、俺にちょっかいを出したかったっていうのもあるんだろうけど(なにしろ、いたずら好き一家だからな……)。さすがに、少しばかり気になって、次の日にこっちから電話をしてみたら、ケロッと忘れてやんの……信じられるか?『あれぇ〜? 昂貴、なんで知ってるの〜? 私、そんなこと言ったっけ〜?』だぜ? おまえなぁ、国際電話高えっつうのに。時差だって考えたっつうのに。せめてメールにしろよメールに……はぁ。
 こんな姉だが、見た目だけは落ち着いている。欧米の人間の趣味からすると、日本人というのは小柄で童顔、瞳は切れ長の一重、真っ黒なストレートの髪というのが好かれるようだが、身長や瞳は例外としても、おそらく欧米で想像される日本人らしい容姿と言って良いと思う。異国の同僚は騙されているに違いない。
 我が姉ながら、日本とアメリカのトップクラスの大学と大学院を出てるくらいだし、それなりに頭の出来は良いんだろうが、中身が中身だからなぁ。父親そっくりの変人だ。見た目は母親に似ているけれど。眼鏡を掛けたり髪をまとめたりすると非常に落ち着いて見えるし、身内の贔屓目を差し引いても、それなりに美人と言って良い容姿だと思うんだが、それはそれで、外見と中身とのギャップを余計に広める要因であろう。なんたって、自他共に認める変わり者だし。
 で、弟の侑貴は俺そっくり。もちろん、細かな違いは多々あるが、双子並みに似ているので、初対面の人間なんかは区別がつかないだろう。しかし、それはあくまで外見の話。真貴乃曰く『見た目は比例、中身は反比例だよね〜』だそうだ。そのせいか、どれほど似ていようと、家族親戚友人知人にとっては、見分けるのは簡単らしい。『見た目は同じでも雰囲気がまるで違うから、区別がつかないほうがおかしい』だとか。
 そんな俺たち高原三姉弟の共通点と言えば、平均より高い身長、くっきりとした二重の瞳、彫りの深い顔立ち、そして漆黒のストレートの髪であろう。どっからどう見ても血が繋がっているのは明らかだ。
 ……っと、そうじゃなくて。
 しかし、昨日の鏡プレイは良かったな。恥じらう風澄もいいし、自分の姿を見てまた恥ずかしがって風澄自身が反応するから。風澄は恥ずかしがらせると感じるタイプのようだ。言葉攻めに弱い。焦らし攻めにも弱いが。もしかして、Mっ気があるんじゃないか? 俺自身は結構S寄りの自覚があるから……うーんこれまたピッタリ。風澄をからかったりいじめたりするのを楽しんでいるという自覚もあるし。いや、愛だよ、愛。性格はふたりともかなりのサドなんだけどな。あーでもマゾでもあるかもしれない。これまたお互いに、『叶わない恋』をしてるからなあ……いや、幸せだぞ俺は。
 なんて思ってたら俺たちを『ふたりして好きなだけズコバコしてる淫乱で色情狂の変態カップル』と評した奴が近づいてきた。またかよ。まぁ、図書館の中だもんなあ……居るのも会うのも仕方ない。どうやら、俺と風澄に出ていたのは『興味のない異性に絡まれる相』と言うより『興味のない異性に図書館で絡まれる相』らしい。
「ちょっといいかしら?」
「ああ、別にいいけど」
「呆れた。よくもまぁ、そんな普通の態度取れるわねえ……あんなことしておいて」
 俺は萩屋が普通に話しかけてきたことのほうが意外なんだがな。結構、過小評価していたかもしれない。虚勢だろうけど、ハッタリかませるだけすごいだろう。
「別におまえにしたわけじゃないしな」
「……そうね」
 おや、これも反応が予想外。もっとぎゃあすか言われるかと思った。なんだ? 風澄でも見習ったのかな。そんなことを考えていたら、そいつがぼそっと口を開いた。
「他、行かない? 聞きたいことがあるの」
「いい加減しつこいな、おまえも。これっきりだって言うなら」
「聞きたいことがあるだけよ」
「……ああ」
 わかってるんだろうな、そのへんのことは。たぶん。
 俺はだいぶ萩屋を見直していた。ちょっとばかり、見くびっていたかもしれない。あれだけのことをしておいて、わからないほうがおかしいかもしれないが。まぁ、わかっていようがいまいが、どちらにしろ、評価する気にはなれないんだけどな。
 そして、連れていかれたのは、特別教室の脇の、滅多に学生が通りがからないところだった。図書館の中にも教室があるんだ。知らない奴も多いけどな。前に風澄がこの教室の授業を取っていた頃、その前の時間が離れた校舎にある必修の授業だったから、長引くたびに休み時間は全力疾走していたと言ってたっけ。おっと、いかんいかん。話しかけられてるのについ風澄のことで頭を一杯にしてしまうのは俺の悪い癖だな。
「……Ti amo. Ti voglio bene. Amore mio.……ですって?」
「……!」
「愛してる、大好きだ、俺の愛しい人? あのあなたがそんなことを言うの!?」
「聞いたのか?」
「言ったのよあの子が! どういう意味か教えろですって! あんな……あんな、ひとを馬鹿にして! どこがいいのよっ!」
「……いや、本当に知らないはずだ、風澄は」
「え?」
「Amore mioくらいなら有名な曲の歌詞にもあるし知ってるかと思ったんだが、あいつクラシックで育ってるから。テレビも見ないし」
「なんですって……?」
「だから、本当に知らないんだよ、俺の気持ちなんか。俺を好きなわけじゃないし。どんな想いをこめて言ったかも、きっと……伝わってない」
 言葉には、想いをこめたけれど。それだけで伝わるものだろうか。
 いや……そんなに甘いもんじゃないよな。
 それに、どれだけ心と身体の距離が近づこうが、あいつが好きなのは……。
「あなた、それ本気で言ってるの?」
「ああ。だから、片想いだよ、まるっきり。おまえも見たとおり、肉体関係はあるけど、だからって心がついてくるわけじゃないからな」
「そう……そういうこと」
 萩屋は、なぜか途端に、まるっきり大人しくなった。
「どこがいいの……どこがいいのよ」
「言ってるだろ、だから、全部」
 本当に、そうなんだよ。誰より俺が信じられない。風澄みたいな子が好きっていうんじゃなくて、風澄が好きだから。
「あんな失礼なこと言う子が?」
「おまえのほうが失礼なことを言ってたよ。それに、俺は言われっぱなしの女なんかに興味はない。もう二度とそんなこと言われないくらいに叩きのめすぐらいの根性が欲しい。そうでなきゃ面白くないだろ」
「気の強いところが好きなの?」
「強いところも弱いところもひっくるめて全部好きなんだよ」
 何度言ったらわかるんだろうか。はぁ……それだけ俺に信用がないってことなんだろうな、こっちのことに。それもこれも、自業自得だけどさ。
「ひとまえで乱れるような子なのに?」
「俺がああしたんだよ。俺でなきゃ駄目なように、俺でなきゃ感じないように……身体に憶えこませたんだ」
「な……」
「仕込んだ、って言うと下世話だけどな。でも俺も仕込まれたんだよ、あいつに。あいつでなきゃ駄目なように、感じないように……なにをされたわけでもないけどな」
「……あの子がいいのね」
「そう」
「他の子なんか、誰も要らないんだ」
「ああ。だいたい客観的に較べたって他の女になんか負けてないだろ、どこも」
 他の女にひけをとることなんてない。外見にしたって中身にしたって。どれかひとつならあるかもしれないが、総じてならば風澄が断然優れているだろう。
「……そう」
「おまえには、失礼なことを言う、気の強い、淫らな女にしか見えないかもしれないけれど……風澄はそれだけじゃない。少なくとも、俺の知ってる風澄は」
「…………」
 そこで、俺はいいことを思いついた。いい方法がある。風澄がどんな女か、こいつにわからせるための『一番効果的な方法』が。
「ああ、そうだ……萩屋」
「……なに?」
「もし、あいつが、本当はどんな女が知りたいなら、中間発表に来い」
「え……?」
「学部の卒論の、ゼミでの中間発表だ。八月末、出番は最終日のラスト。詳しいことは河原塚さんに聞けばいい」
「…………」
「そうしたら、二度とあんなこと言えなくなるさ」

 その発表を聞けばわかるだろう。
 風澄が、どんなに優れた能力をもって、全力で研究に打ち込んでいるか。
 その才能を。その情熱を。

 本当は、俺がしていることなんてたいしたことじゃない。
 風澄はひとりでも立派にやっていける。
 俺が影響を与えてもらってるほうが多いかもしれない。
 過去の定説にとらわれない、確実に真実をつかみとる、あの洞察力と感性に。
 きっと、未来でさえ、その功績は燦然と輝いているだろう。
 歴史に輝く、画期的な説や発見を、無数にこめて。
 それは、まだ遠い今でさえ、容易に想像できる確定された未来――。

 だけど、そんなことはどうでもいいんだ。
 今の風澄がどんなに輝きを放って生きているか、そのことのほうが大事だ。
 彼女と、同じ時代を生きている、そのことこそが俺の幸運。

 神がいるなら、それだけで俺は感謝を捧げたい。
 そして、巡り逢わせてくれてありがとうと。
 彼女をこの腕に抱かせてくれて。
 願わくは、彼女が心から笑える日が早く来ますように。
 ……俺の腕の中でなくても、いいから……。
Line
To be continued.
2005.05.26.Thu.
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