その腕の中の楽園(エデン)
09.An Extra
* Kasumi *
「忘れたのか?」
そう聞かれて、答えられなかったのはどうしてだろう。
否定だと思ったかもしれない。彼は。
わからなかったの。
宗哉を忘れられたか、忘れられていないのか。
ううん、忘れられたわけじゃない。
誰かを本気で想ったら、そう簡単になんて忘れられるわけがない。
思い出せば悲しい記憶が蘇る。
……だけど、昂貴のことを考えると、それが消えていくの。
ささくれ立った心も、ふと零れそうになる涙も、そこにはない。
ただ悦びと安らぎがあるだけ。
あたたかなぬくもりがあるだけ。
* * * * *
あの日から、三年。
羨まれれば羨まれるほど、自信はなくなっていった。
みじめだった。
嫌いだった自分。
だけど、昂貴はそんな私を認めてくれる。
抱きしめて、それでいいと言ってくれる。
三年間、平気なふりだけ上手くなった。
あの頃の自分の写真は、どれもみんな本当の意味では笑っていない。
口角を上げれば笑顔に見えてしまうことを楽だと思った。
スマイルマークの真似だけ。
怒ったり、笑ったり、泣いたり……
そんな普通の感情を忘れていたと気づいたのは、昂貴に逢ってから。
動く感情に途惑いながらも、そんな自分は嫌いじゃなかった。
ずっと自分を嫌っていたのに。
彼は、私に感情を取り戻させてくれたひと。
もし、彼に巡り逢えていなかったら――
きっと私は、今でも生きながら死んでいるような気持ちでいた。
将来の目標だけを見ているようで、本当は殻に閉じこもっているだけ。
逃れたいと思うくせに、結局はあの日からなにも変われなくて、繰り返すばかりで。
でも、彼に出逢っていなかったら、そのことにさえ気づかなかった。きっと。
あの頃の私は、本当にあのふたりの影を断ち切りたいと思っていたのだろうか。
忘れたいと言いながら、自分から捉われていた。
気づいてしまえば簡単な事実。
そう……
私を絡めとって離さない鎖があるとすれば、
それは、今、私を包んでいる、この世で最も甘く優しいあの腕――。
* * * * *
予想外の提案――
差し出された手に迷わず、あのひとの腕に飛び込んだ。
求められて自分からくちづけたこともある。
でも、あんなのは初めてだった。
だけど、躊躇はなかった。どこにも。
嬉しかった。
迎えてくれる腕が。そのぬくもりと強さが。
そして、そのことを信じられるということが。
知らなかったの。
あなたに出逢うまで。
お互いのぬくもりを確かめ合うことの、その意味さえ。
ただ微笑むだけで、伝わるものがあるということ。
触れ合う肌は、言葉さえ越えていく。
疑うことなどなにもない。
途惑いも、躊躇いも、不安も、要らない。
私の全てを委ねられる場所が、今は目の前にある――。
「忘れたのか?」
そう聞かれて、答えられなかったのはどうしてだろう。
否定だと思ったかもしれない。彼は。
わからなかったの。
宗哉を忘れられたか、忘れられていないのか。
ううん、忘れられたわけじゃない。
誰かを本気で想ったら、そう簡単になんて忘れられるわけがない。
思い出せば悲しい記憶が蘇る。
……だけど、昂貴のことを考えると、それが消えていくの。
ささくれ立った心も、ふと零れそうになる涙も、そこにはない。
ただ悦びと安らぎがあるだけ。
あたたかなぬくもりがあるだけ。
* * * * *
あの日から、三年。
羨まれれば羨まれるほど、自信はなくなっていった。
みじめだった。
嫌いだった自分。
だけど、昂貴はそんな私を認めてくれる。
抱きしめて、それでいいと言ってくれる。
三年間、平気なふりだけ上手くなった。
あの頃の自分の写真は、どれもみんな本当の意味では笑っていない。
口角を上げれば笑顔に見えてしまうことを楽だと思った。
スマイルマークの真似だけ。
怒ったり、笑ったり、泣いたり……
そんな普通の感情を忘れていたと気づいたのは、昂貴に逢ってから。
動く感情に途惑いながらも、そんな自分は嫌いじゃなかった。
ずっと自分を嫌っていたのに。
彼は、私に感情を取り戻させてくれたひと。
もし、彼に巡り逢えていなかったら――
きっと私は、今でも生きながら死んでいるような気持ちでいた。
将来の目標だけを見ているようで、本当は殻に閉じこもっているだけ。
逃れたいと思うくせに、結局はあの日からなにも変われなくて、繰り返すばかりで。
でも、彼に出逢っていなかったら、そのことにさえ気づかなかった。きっと。
あの頃の私は、本当にあのふたりの影を断ち切りたいと思っていたのだろうか。
忘れたいと言いながら、自分から捉われていた。
気づいてしまえば簡単な事実。
そう……
私を絡めとって離さない鎖があるとすれば、
それは、今、私を包んでいる、この世で最も甘く優しいあの腕――。
* * * * *
予想外の提案――
差し出された手に迷わず、あのひとの腕に飛び込んだ。
求められて自分からくちづけたこともある。
でも、あんなのは初めてだった。
だけど、躊躇はなかった。どこにも。
嬉しかった。
迎えてくれる腕が。そのぬくもりと強さが。
そして、そのことを信じられるということが。
知らなかったの。
あなたに出逢うまで。
お互いのぬくもりを確かめ合うことの、その意味さえ。
ただ微笑むだけで、伝わるものがあるということ。
触れ合う肌は、言葉さえ越えていく。
疑うことなどなにもない。
途惑いも、躊躇いも、不安も、要らない。
私の全てを委ねられる場所が、今は目の前にある――。
To be continued.
2004.06.26.Sat.
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