叶わぬ恋、届かぬ想い
10.An Extra
* Kasumi *
彼は、どんな些細なことでも、私の話すことに耳を傾けてくれる。
そして、決して『わかるよ』とは言わない。
ただ、優しく抱きしめてくれる……。
* * * * *
人間、特に女は共感を求めるものだという。
人間関係を一番円滑にする台詞――それは『わかる』という言葉だと聞いた。
だけど私はその言葉が好きじゃない。
共感を伝えたい時の言い方なら、たくさんある。
『理解できる』『似た経験がある』『頷ける』……そんな言葉なら、なんとも思わない。
ただ、『わかる』という言葉だけは、言うのも言われるのも絶対に嫌だ。
言うほうは、さぞ楽だろうと思う。
一言のもとに、なにもかも理解したというふりができるのだから。
だけど言われたほうはどうしたらいいの?
……小学校の何年だったか、どんなきっかけだったかさえ、もう憶えていない。
ただ、あの時言われた台詞だけが、今も頭に残っている。
同級生の何気ない言葉。
『わかるなぁ、その気持ち』
――その一言が、私の心を粉々にした。
あなたは、私じゃない。
私は、あなたじゃない。
なのにどうして『わかる』なんて言えるんだろう。
当の私にだってよくわからないのに。
そんな一言で片付けられたら私の葛藤はなんだったの?
わかったふりなんかしなくていい。
上辺だけの理解なんて要らない。
アドヴァイスもなにも求めてなんかいないの。
愚痴を言いたいわけでもないの。
ただ、自分の身にあったこと、感じたことを、聞いて欲しかっただけなのに……。
都合の良すぎる希望だったんだろうか。
そんな態度を相手に望むこと自体が間違っていたんだろうか。
気づいた時にはそんなふうに考え始めていた。
だから自然と、心を閉ざした。
表情を作ることと平静を装うことは得意になった。
決して嘘をついているわけじゃない。
ただ、その全てを『なかったこと』にしただけ。
平気なふりをして、笑顔でかわして、自分の中の反抗心を押さえつけた。
そうして、自分の心を殺すことばかり上手くなった。
『恵まれていて、幸せね、苦労なんてしたことないんでしょう?』
そんな目で私を見ていたひとは数え切れない。直接言われたことだって何度もあった。
事実、私は恵まれていると思う。
だけど、その鬱陶しさを、誰も知らない。
羨望の的となる不快感。
きっと、それすらも贅沢な悩みと一蹴されるだけなのだろう。
何度、不可解な態度と理不尽な仕打ちに口唇を震わせたか――。
だけど、長じるにつれ、そんな抵抗は意味を成さないと知る。
そして次第に、心は死んでいった。
思い返してみると――
私がそんな反感をひとかけらも抱かなかった相手は、今までにたった三人だけだった。
一人目は、最華。
二人目は、宗哉。
そして、三人目が、昂貴だった。
……本当に、わからないだけなのかもしれない。
幾ら同じ大学に通い、同じ道を目指しているとはいえ、育った環境がまるで違う。
その経験も、考え方も、今までの恋も、悲しい過去も。
まして彼は男で、私は女なのだから。
だけど、それでも軽々しく理解の言葉を投げかけてくる人は幾らでもいた。
あのひとは、そうじゃない。
言葉の重みを、ちゃんと知ってる。
心に刻まれた過去が、甘い言葉などで癒されはしないと、知ってる。
ただ、そのぬくもりで包んでくれるだけ。
そして、その腕の中で、泣いていいよと言ってくれる……。
――私はずっと、そうやって、ただ話を聞いて、抱きしめて欲しかった。
そう気づいたのさえ、あなたに出逢ってからのこと。
酷いことも、変なことも、色々された。だけど許してる。
恋人でもなんでもない。だけど彼は今の私に触れていい、たったひとりのひと。
それは、どうして?
そんなふうに思うのは、どうして……?
自分で自分がわからない。
恋人以外と触れ合ったことは、今までなかった。
そして、こんなふうに乱され、求めたことも、今までなかった。
気づいたら、心も身体も、全てをあなたに委ねていた。
そんな自分を自覚しながら、嫌じゃないなんて。
想う相手でもないのに、このひとと離れたくないと思うなんて――
知らなかった、こんな自分。
時々思う。
もし、昂貴に出逢っていなかったら、今の私は笑っていただろうか……?
今の私を支えてくれているのは、間違いなく、彼。
ねぇ、昂貴。
抱きしめて欲しいのも、キスをして欲しいのも、抱いて欲しいのもあなただけなの。
他でもない、あなたの顔を見ていたい。
あなたは?
あなたは、私のことをどう思っているの?
どうして、一緒にいてくれるの?
どうして、あんなふうに抱いてくれるの……?
なにを考えているのかなんて、わからない。
時々無性に訊きたくなる。
だけど訊けない。それは決して口には出せない問いかけ。
訊いてしまったら、この関係が崩れてしまう気がして、とても言えない。
この時間を失うことが、なによりも怖い……。
頭の中は疑問符で埋め尽くされているのに、それでも私があなたを拒むことはない。
わからなくてもいい、どんな理由でも構わない。そう思う自分もどこかにいる。
だけど、私はあなたの腕の優しさと身体のあたたかさと高鳴る胸の鼓動を知っている。
だから、その目を信じてる。
その声を。その言葉を。その行為を。
その全てを。
信じるなんて言葉も大嫌いだったはずなのに、そう思うのはどうしてなのだろう。
今日も私は疑うことなくあなたを受け容れる。
彼の全てが、私の凍りついた心を覆う万年雪を溶かしていく。
そのぬくもりは、いつかこの奥底まで到達するのだろうか。
……もう、包み込まれて、逃れられない。
恋だとか、愛だとか……そんなことには、もう二度と関わりたくないと思ってた。
考えるだけで怖い。自分自身への嫌悪と、絶望が募るばかり。
あんな自分はもう二度と見たくない。
あんな思いはもう二度としたくない。
だけど、あのぬくもりを失いたくない。
恋だの愛だの、どうでもいい。
今はただ、このひとと一緒にいたいだけ。
だけど、それでも不安になる時がある。
割り切りたいのに割り切れない。
このひとにとって私はなに?
私にとってこのひとはなに?
いつもそんな疑問が心をかすめる。
こんな気持ちになるのはどうして?
……私にとっての彼は、次第にわかってきたような気がするの。
『わかる』とも『わからない』とも言わず、ただ抱きしめてくれる。
それこそが、理解の証。
私の最大の理解者。
じゃあ、私は……?
私は、このひとになにかができるのだろうか。
私は、このひとのなにになれるのだろう……?
私にとって、あなたはなに?
あなたにとって、私はなに?
そんな疑問を抱きながら、今日も私はあなたのそばにいる。
いつか、答えの出る日が来るのだろうか……。
彼は、どんな些細なことでも、私の話すことに耳を傾けてくれる。
そして、決して『わかるよ』とは言わない。
ただ、優しく抱きしめてくれる……。
* * * * *
人間、特に女は共感を求めるものだという。
人間関係を一番円滑にする台詞――それは『わかる』という言葉だと聞いた。
だけど私はその言葉が好きじゃない。
共感を伝えたい時の言い方なら、たくさんある。
『理解できる』『似た経験がある』『頷ける』……そんな言葉なら、なんとも思わない。
ただ、『わかる』という言葉だけは、言うのも言われるのも絶対に嫌だ。
言うほうは、さぞ楽だろうと思う。
一言のもとに、なにもかも理解したというふりができるのだから。
だけど言われたほうはどうしたらいいの?
……小学校の何年だったか、どんなきっかけだったかさえ、もう憶えていない。
ただ、あの時言われた台詞だけが、今も頭に残っている。
同級生の何気ない言葉。
『わかるなぁ、その気持ち』
――その一言が、私の心を粉々にした。
あなたは、私じゃない。
私は、あなたじゃない。
なのにどうして『わかる』なんて言えるんだろう。
当の私にだってよくわからないのに。
そんな一言で片付けられたら私の葛藤はなんだったの?
わかったふりなんかしなくていい。
上辺だけの理解なんて要らない。
アドヴァイスもなにも求めてなんかいないの。
愚痴を言いたいわけでもないの。
ただ、自分の身にあったこと、感じたことを、聞いて欲しかっただけなのに……。
都合の良すぎる希望だったんだろうか。
そんな態度を相手に望むこと自体が間違っていたんだろうか。
気づいた時にはそんなふうに考え始めていた。
だから自然と、心を閉ざした。
表情を作ることと平静を装うことは得意になった。
決して嘘をついているわけじゃない。
ただ、その全てを『なかったこと』にしただけ。
平気なふりをして、笑顔でかわして、自分の中の反抗心を押さえつけた。
そうして、自分の心を殺すことばかり上手くなった。
『恵まれていて、幸せね、苦労なんてしたことないんでしょう?』
そんな目で私を見ていたひとは数え切れない。直接言われたことだって何度もあった。
事実、私は恵まれていると思う。
だけど、その鬱陶しさを、誰も知らない。
羨望の的となる不快感。
きっと、それすらも贅沢な悩みと一蹴されるだけなのだろう。
何度、不可解な態度と理不尽な仕打ちに口唇を震わせたか――。
だけど、長じるにつれ、そんな抵抗は意味を成さないと知る。
そして次第に、心は死んでいった。
思い返してみると――
私がそんな反感をひとかけらも抱かなかった相手は、今までにたった三人だけだった。
一人目は、最華。
二人目は、宗哉。
そして、三人目が、昂貴だった。
……本当に、わからないだけなのかもしれない。
幾ら同じ大学に通い、同じ道を目指しているとはいえ、育った環境がまるで違う。
その経験も、考え方も、今までの恋も、悲しい過去も。
まして彼は男で、私は女なのだから。
だけど、それでも軽々しく理解の言葉を投げかけてくる人は幾らでもいた。
あのひとは、そうじゃない。
言葉の重みを、ちゃんと知ってる。
心に刻まれた過去が、甘い言葉などで癒されはしないと、知ってる。
ただ、そのぬくもりで包んでくれるだけ。
そして、その腕の中で、泣いていいよと言ってくれる……。
――私はずっと、そうやって、ただ話を聞いて、抱きしめて欲しかった。
そう気づいたのさえ、あなたに出逢ってからのこと。
酷いことも、変なことも、色々された。だけど許してる。
恋人でもなんでもない。だけど彼は今の私に触れていい、たったひとりのひと。
それは、どうして?
そんなふうに思うのは、どうして……?
自分で自分がわからない。
恋人以外と触れ合ったことは、今までなかった。
そして、こんなふうに乱され、求めたことも、今までなかった。
気づいたら、心も身体も、全てをあなたに委ねていた。
そんな自分を自覚しながら、嫌じゃないなんて。
想う相手でもないのに、このひとと離れたくないと思うなんて――
知らなかった、こんな自分。
時々思う。
もし、昂貴に出逢っていなかったら、今の私は笑っていただろうか……?
今の私を支えてくれているのは、間違いなく、彼。
ねぇ、昂貴。
抱きしめて欲しいのも、キスをして欲しいのも、抱いて欲しいのもあなただけなの。
他でもない、あなたの顔を見ていたい。
あなたは?
あなたは、私のことをどう思っているの?
どうして、一緒にいてくれるの?
どうして、あんなふうに抱いてくれるの……?
なにを考えているのかなんて、わからない。
時々無性に訊きたくなる。
だけど訊けない。それは決して口には出せない問いかけ。
訊いてしまったら、この関係が崩れてしまう気がして、とても言えない。
この時間を失うことが、なによりも怖い……。
頭の中は疑問符で埋め尽くされているのに、それでも私があなたを拒むことはない。
わからなくてもいい、どんな理由でも構わない。そう思う自分もどこかにいる。
だけど、私はあなたの腕の優しさと身体のあたたかさと高鳴る胸の鼓動を知っている。
だから、その目を信じてる。
その声を。その言葉を。その行為を。
その全てを。
信じるなんて言葉も大嫌いだったはずなのに、そう思うのはどうしてなのだろう。
今日も私は疑うことなくあなたを受け容れる。
彼の全てが、私の凍りついた心を覆う万年雪を溶かしていく。
そのぬくもりは、いつかこの奥底まで到達するのだろうか。
……もう、包み込まれて、逃れられない。
恋だとか、愛だとか……そんなことには、もう二度と関わりたくないと思ってた。
考えるだけで怖い。自分自身への嫌悪と、絶望が募るばかり。
あんな自分はもう二度と見たくない。
あんな思いはもう二度としたくない。
だけど、あのぬくもりを失いたくない。
恋だの愛だの、どうでもいい。
今はただ、このひとと一緒にいたいだけ。
だけど、それでも不安になる時がある。
割り切りたいのに割り切れない。
このひとにとって私はなに?
私にとってこのひとはなに?
いつもそんな疑問が心をかすめる。
こんな気持ちになるのはどうして?
……私にとっての彼は、次第にわかってきたような気がするの。
『わかる』とも『わからない』とも言わず、ただ抱きしめてくれる。
それこそが、理解の証。
私の最大の理解者。
じゃあ、私は……?
私は、このひとになにかができるのだろうか。
私は、このひとのなにになれるのだろう……?
私にとって、あなたはなに?
あなたにとって、私はなに?
そんな疑問を抱きながら、今日も私はあなたのそばにいる。
いつか、答えの出る日が来るのだろうか……。
To be continued.
2003.12.06.Sat.
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