叶わぬ恋、届かぬ想い
08.悪夢
* Kasumi *
……あれ?
真っ暗。
私、どうしたんだっけ。
えっと、今日は学校に行って……
あぁそうだ。図書館で、偶然昂貴に逢ったんだ。
嬉しかったけど恥ずかしかったな。いつも逢わない場所だったから。
それに、この間から、なんだか今までとは距離が違ってきてるんだもの。
なんていうのかな、そばにいるのがあたりまえみたいな感じ。
当然のように予定を交換して、次に逢う日の約束をしてる。
出逢って二週間が経つし、これだけ逢っていて親しくならなかったら変だけど、
私たちの関係は、明らかに出逢って二週間目のものじゃない。
昂貴といるのは心地いい。
なんでもない会話を交わすだけでも。
触れられると、どきどきするのに安心するの。
こんな気持ちは初めてで、自分で自分に途惑うけれど、嫌じゃない。
ううん、それどころか、ずっと一緒にいたいくらい。
恋人同士でもないのに、こんなの変かな。いけないかな。
彼に触れて欲しい、触れたいだなんて……。
っと、そうじゃなくて。
で、昂貴と話してたら、杉野君にも会ったんだっけ。
思わず『せっかく昂貴と一緒だったのに』なんて思っちゃった。
昔の彼氏だっていうのに、ちょっと薄情だったかもしれないわね、私ったら。
もちろん、杉野君のことは嫌いじゃないし、昔のことで感謝はしてるけど……
彼は、昂貴じゃないもの。
あの心地よさは、杉野君の隣にはないから。
較べるようで失礼だけど、それが本心。
そういえば、昂貴みたいなひとは今までいなかったな。
なにからなにまでまるで敵わないのも、信じられないくらい乱されるのも、
ごく自然に一緒にいられるのも。
自分の気持ちも、彼の気持ちも、まるでわからないけれど……。
そうそう、それから、昂貴に話を聞いてもらったんだ。
膝の上に載せられたのは恥ずかしかったけど。
泣いていいなんて言われたの、初めてだった。
悲しいことを一杯思い出したけど、すごく嬉しかったの。
軽蔑されるかなってちょっと怖かった。
だけど、ちゃんと聞いてくれて、あんなに優しく抱きしめてくれるなんて。
他のひとのことを考えてたはずなのに、どうしてそれが嬉しかったんだろう。
このひとに逢えて良かった。
そう思った。
昂貴と一緒にいたかった。
だからその勢いで誘っちゃったんだけど。
そして昂貴の部屋に一緒に帰って……
夕食を済ませたかと思ったら、いきなりベッドに連れ込まれちゃって。
あんなふうに抱き合ってしたの、初めてだったな。
まぁ、ほとんどのことは昂貴が初めてなんだけど。
ファーストキスもロストヴァージンも彼じゃないけど、それでも。
……お風呂だって普通入らないわよ、一緒になんて。
だけど、嫌じゃなかったな。すごく、ものすごく恥ずかしかったけど。
私もこのひとになにかできるんだって、初めて思えたし。
あてどない話もちゃんと聞いてくれて。
そのせいかな、恥ずかしかったけど、素直に応えられたのは。
乱されるのはいつものことだけど、今日は普段よりもっと乱されちゃった気もする。
ううう……やっぱり思い出すと恥ずかしい。
……って、だから、そうじゃなくて。
ここはどこ?
部屋じゃない……よね。
幾らなんでも、ここまで真っ暗闇にはならないだろうし。
昂貴とお風呂でえっちして、その後……どうしたんだっけ。
そうだ、アルコールを飲んで、頭が痛くなったんだっけ。
やっぱりお酒は体質に合わないのかしら、私。
それで寝かせてもらったところまでは憶えてるんだけど、
でも、ここはベッドの上どころか昂貴の部屋でもないし。
あぁ、そうか。
夢なんだ。これ。
え?
真っ暗な夢って……つまり。
まさか。
「!」
いきなり背後に気配を感じる。
とてつもなく嫌な予感。
背筋を走る悪寒に、おずおずと振り向く。
だってこの夢は――
「……!」
そこにいたのは、あの絵そっくりの宗哉。
そして、当然のようにその隣に佇む小柄な女性――。
「っ……!」
手を繋ぎ、目を見つめあい、なにか言葉を交わしてる。
ひとつの空間。誰も入れない、恋人同士の世界。
前にあのテーマパークで見たこの光景。
昂貴に消してもらったのに。
目を逸らしたいのに逸らせない。
逃げ出したいのに足が竦(すく)む。
ふと、ふたりの会話が途切れた。
そしてどちらからともなく手を伸ばし、抱き合うふたり。
口唇と口唇が近づいて――
「いや……」
こんなの、見たくない……!
このふたりのこんなところ、見たことなんかない。
なのにどうして見えるの。
あぁ、そうか。
これは、私が昂貴にされてる行為。
昂貴と私がしている行為。
……宗哉も、あんなふうに彼女を抱くのだろうか?
ううん、きっともっと熱くて激しい。
私たちとは違う。
そこには『想い』があるから。
――宗哉の好きな子と宗哉を好きな子との行為だから――
私には、そんな経験はない。
セックスをしたことなんて何度もあるのに、本当の恋人同士のセックスは一度もしたことがない。キスどころか、手を繋いだことさえもない。本当に好きなひととは。
――本当に好き同士では。
思い知らされるのは、愛されなかった自分。
どれほど想っても叶わなかった恋。
告げても届かなかった想い。
「っ……いやぁ……!」
だめだ。
考えてはだめだ。
見てはいけない。絶望の淵に突き落とされてしまうから――
そんなの、わかりたくないほどわかってる。
だけど目に焼きついた情景はどうしたらいいと言うの!?
あのひとが、
あのふたりが、頭から、離れない。
こんな記憶。
こんな自分。
消せるものなら消してしまいたいと何度願っただろう――!
目の前で繰り広げられるのは焦がれた男と自分でない女の本当の愛の行為。
絡み合う肢体。
首筋を這う口唇。
洩れる吐息。
鎖骨につけられたくちづけの痕。
半開きの瞳。
ひくひくと震える顎。
アノヒトガ抱イテイルノハ違ウ女。
私ジャナイ。
――選ばれたのは、望まれたのは私じゃなかった。いつも。
「や……っ、やめて……助けて……!」
見たくない。逃げ出したい。
どうしてできないの?
足が動かない。
夢だとわかってるのに、どうして醒めてくれないの?
どんな方法でもいい、今すぐこの場から連れ出して、助けて欲しい。
――――誰に?
混乱する頭を抱えて、私はただ絶叫した。
「いやああぁーーーっ!」
……あれ?
真っ暗。
私、どうしたんだっけ。
えっと、今日は学校に行って……
あぁそうだ。図書館で、偶然昂貴に逢ったんだ。
嬉しかったけど恥ずかしかったな。いつも逢わない場所だったから。
それに、この間から、なんだか今までとは距離が違ってきてるんだもの。
なんていうのかな、そばにいるのがあたりまえみたいな感じ。
当然のように予定を交換して、次に逢う日の約束をしてる。
出逢って二週間が経つし、これだけ逢っていて親しくならなかったら変だけど、
私たちの関係は、明らかに出逢って二週間目のものじゃない。
昂貴といるのは心地いい。
なんでもない会話を交わすだけでも。
触れられると、どきどきするのに安心するの。
こんな気持ちは初めてで、自分で自分に途惑うけれど、嫌じゃない。
ううん、それどころか、ずっと一緒にいたいくらい。
恋人同士でもないのに、こんなの変かな。いけないかな。
彼に触れて欲しい、触れたいだなんて……。
っと、そうじゃなくて。
で、昂貴と話してたら、杉野君にも会ったんだっけ。
思わず『せっかく昂貴と一緒だったのに』なんて思っちゃった。
昔の彼氏だっていうのに、ちょっと薄情だったかもしれないわね、私ったら。
もちろん、杉野君のことは嫌いじゃないし、昔のことで感謝はしてるけど……
彼は、昂貴じゃないもの。
あの心地よさは、杉野君の隣にはないから。
較べるようで失礼だけど、それが本心。
そういえば、昂貴みたいなひとは今までいなかったな。
なにからなにまでまるで敵わないのも、信じられないくらい乱されるのも、
ごく自然に一緒にいられるのも。
自分の気持ちも、彼の気持ちも、まるでわからないけれど……。
そうそう、それから、昂貴に話を聞いてもらったんだ。
膝の上に載せられたのは恥ずかしかったけど。
泣いていいなんて言われたの、初めてだった。
悲しいことを一杯思い出したけど、すごく嬉しかったの。
軽蔑されるかなってちょっと怖かった。
だけど、ちゃんと聞いてくれて、あんなに優しく抱きしめてくれるなんて。
他のひとのことを考えてたはずなのに、どうしてそれが嬉しかったんだろう。
このひとに逢えて良かった。
そう思った。
昂貴と一緒にいたかった。
だからその勢いで誘っちゃったんだけど。
そして昂貴の部屋に一緒に帰って……
夕食を済ませたかと思ったら、いきなりベッドに連れ込まれちゃって。
あんなふうに抱き合ってしたの、初めてだったな。
まぁ、ほとんどのことは昂貴が初めてなんだけど。
ファーストキスもロストヴァージンも彼じゃないけど、それでも。
……お風呂だって普通入らないわよ、一緒になんて。
だけど、嫌じゃなかったな。すごく、ものすごく恥ずかしかったけど。
私もこのひとになにかできるんだって、初めて思えたし。
あてどない話もちゃんと聞いてくれて。
そのせいかな、恥ずかしかったけど、素直に応えられたのは。
乱されるのはいつものことだけど、今日は普段よりもっと乱されちゃった気もする。
ううう……やっぱり思い出すと恥ずかしい。
……って、だから、そうじゃなくて。
ここはどこ?
部屋じゃない……よね。
幾らなんでも、ここまで真っ暗闇にはならないだろうし。
昂貴とお風呂でえっちして、その後……どうしたんだっけ。
そうだ、アルコールを飲んで、頭が痛くなったんだっけ。
やっぱりお酒は体質に合わないのかしら、私。
それで寝かせてもらったところまでは憶えてるんだけど、
でも、ここはベッドの上どころか昂貴の部屋でもないし。
あぁ、そうか。
夢なんだ。これ。
え?
真っ暗な夢って……つまり。
まさか。
「!」
いきなり背後に気配を感じる。
とてつもなく嫌な予感。
背筋を走る悪寒に、おずおずと振り向く。
だってこの夢は――
「……!」
そこにいたのは、あの絵そっくりの宗哉。
そして、当然のようにその隣に佇む小柄な女性――。
「っ……!」
手を繋ぎ、目を見つめあい、なにか言葉を交わしてる。
ひとつの空間。誰も入れない、恋人同士の世界。
前にあのテーマパークで見たこの光景。
昂貴に消してもらったのに。
目を逸らしたいのに逸らせない。
逃げ出したいのに足が竦(すく)む。
ふと、ふたりの会話が途切れた。
そしてどちらからともなく手を伸ばし、抱き合うふたり。
口唇と口唇が近づいて――
「いや……」
こんなの、見たくない……!
このふたりのこんなところ、見たことなんかない。
なのにどうして見えるの。
あぁ、そうか。
これは、私が昂貴にされてる行為。
昂貴と私がしている行為。
……宗哉も、あんなふうに彼女を抱くのだろうか?
ううん、きっともっと熱くて激しい。
私たちとは違う。
そこには『想い』があるから。
――宗哉の好きな子と宗哉を好きな子との行為だから――
私には、そんな経験はない。
セックスをしたことなんて何度もあるのに、本当の恋人同士のセックスは一度もしたことがない。キスどころか、手を繋いだことさえもない。本当に好きなひととは。
――本当に好き同士では。
思い知らされるのは、愛されなかった自分。
どれほど想っても叶わなかった恋。
告げても届かなかった想い。
「っ……いやぁ……!」
だめだ。
考えてはだめだ。
見てはいけない。絶望の淵に突き落とされてしまうから――
そんなの、わかりたくないほどわかってる。
だけど目に焼きついた情景はどうしたらいいと言うの!?
あのひとが、
あのふたりが、頭から、離れない。
こんな記憶。
こんな自分。
消せるものなら消してしまいたいと何度願っただろう――!
目の前で繰り広げられるのは焦がれた男と自分でない女の本当の愛の行為。
絡み合う肢体。
首筋を這う口唇。
洩れる吐息。
鎖骨につけられたくちづけの痕。
半開きの瞳。
ひくひくと震える顎。
アノヒトガ抱イテイルノハ違ウ女。
私ジャナイ。
――選ばれたのは、望まれたのは私じゃなかった。いつも。
「や……っ、やめて……助けて……!」
見たくない。逃げ出したい。
どうしてできないの?
足が動かない。
夢だとわかってるのに、どうして醒めてくれないの?
どんな方法でもいい、今すぐこの場から連れ出して、助けて欲しい。
――――誰に?
混乱する頭を抱えて、私はただ絶叫した。
「いやああぁーーーっ!」
To be continued.
2003.11.24.Mon.
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