"Ti amo."
05.薔薇色の鎖
「……って、だからイタリア語だっつーの!」
ううう、ひとが真剣に考えてたのに。
「あなたが日本語で話しかけたんでしょうが! いいって言ったじゃない!」
「ふぅん? そんなこと言っていいのかな?」
「え……きゃあぁ! っあ……あぁ、あ、やああぁあん!」
そんな、いきなり動くなんて……っぃやぁ!
「っ……はっ、あ……あ……やぁ……っく、はあぁん……んあ……」
さっきまで平常心で普通に喋っていたのに、一気に快楽の中に引きずり込まれる。抗えない――抗いたくない。流されて、その頂点までいきたい。
引いていた汗が、一気に噴き出す。昂貴のと私のと、混じっていく。
「あ……あぁっ……っああぁ……んああ……ひっ、くひぃ……」
ずぶずぶ、ぐしゅぐしゅ、じゅぶり、ごぷり。ものすごい恥ずかしい音。お互いの結合部から沸き立つ、体液の絡み合う音。部屋に響いて反響して、頭の中まで快楽に染められる。昂貴一色になる。
「ん……んうぅ……っうあ、ああぁ! っきゃ……や……あ」
突然のことに自分の存在がどこかへいってしまいそうで、思わず昂貴にしがみつこうとして、拘束に気づく。切なくなって、でも触れていたくて、彼の首へと腕で輪を作って通す。抱きしめたい。抱きついて、縋りつきたい。でもできない。細くも太くもない、均整の取れた、力強くて、逞しい身体。安心して頼って、縋れる。
「あぁん! っあ……あぁ、いやぁ……っふ……っは……はあぁん!」
自分の喘ぎ声が最高潮の甘さで響いて、それを聞いた自分自身が感じてしまう。身体がぎゅっと締まって、そのたびに昂貴が呻く。
ねぇもう。
限界。
もう我慢なんかできないよ。
「……っあ、もう……だめぇ……」
「っく……な……なにがっ、だめだって……?」
そう苦しそうに言うと――彼は動きを止めてしまった。
嘘……こんなの嘘……!
「っあ、やぁ……! やめちゃいやぁ……」
言って気づく、とんでもないことを言ってしまったことに。でも、こんな平常心がほとんど残ってない状態じゃ、すぐそんな恥ずかしさ消えてしまう。
「どうして……どうして……っ」
すぐにでもいかせて欲しいのに。こんな、こんなところで止められたら私はどうしたらいいのよ!? 酷い。こんなの酷い。あんまりよ……!
「あ……っ、意地悪うぅ……」
自分だって……自分だって今にもいきそうだったくせに、どうして止めるの。そのまま続けてよ。してよ。顔を見たら昂貴は、肌を伝う汗はそのままに、荒い息もまだ落ち着かないまま、でも表情だけは平静を保ってた。そして、その目が言ってた――『どうして欲しい? 言わなきゃいつまでたってもこのままだぜ?』
その目を見たら、今度こそ、言わなきゃ許してもらえないかもしれないと気づく。だから、必死で、言いたくないけど、言えるギリギリのことを言ってみた。
「っねが……お願い……っあぁ……し、して……」
何度も繰り返したら、ため息ついてわかったよと彼は言った。この程度じゃ不満ってことなんだろうか? 一体なに言わせれば気が済むのよ? でも、やっと許してくれる気になったのかなと思ったら。
「じゃあそれをイタリア語で言ったら許してやるよ」
「しっ、知ってるわけないじゃないのそんなのっ!」
「教えてやろうか?」
あ……、
知ってるんだ……。
……知ってるんだ……!
そう思ったらすごい、むかっときた。こんな状況なのにそんな、過去なにがあったかまるわかりになっちゃうようなこと言わないでよ!
私を抱いてるくせに!
「……っ……イタリア人の、彼女に、っく、言われたの……?」
そう聞いたら昂貴は一瞬固まって、そしてにやりと笑った。
「……嫉妬?」
「っ……違うもん!」
私が誰が好きなのか、知ってるくせに。あなたに嫉妬なんかするわけないって。なのに、なぜか心の奥底を見透かされた気がして、顔が熱くなった。きっと、耳まで真っ赤だわ。なに言ってるんだろう私? 聞くまでもないじゃない。こんな健康で立派な『男のひと』が、何度もイタリアに留学してて、そういう相手がいないわけないのに。
今は他にいなくても、過去には絶対。
「ふぅん? まぁ別にどうでもいいけど」
そのとき、私の心臓、絶対ずきんって言った。
何かが刺さったように胸がぐっと締めつけられて、痛い。
咽喉まで首を絞められているみたいに、苦しい。
息ができない。
止まっていた涙が零れそうになる。まるで彼に涙腺を操られてるみたいに。
そうしたら顔に出てたみたいで。
「……悪い」
そっぽを向いて、ばつの悪そうな表情で、彼は呟いた。
「つまんないこと言うなよ……こうして、ふたりでいるんだから」
なんで。
どうしてそんなこと言うの。
酷いことしてるのそっちじゃないの!
ちゃんとしてくれない。ちゃんとして欲しいのに、どうしてこういうやり方するの?
そう思ったらすごく悲しくて。
「だからだもん……」
「え?」
「こ、こんなのやだ……いつもいつも……こういう変なことばっかりで……ちっとも、普通にしてくれなくて……え、えっち……してても、どんなに、気持ちよくても、なんか違うよ……すごい、すごい寂しいし……不安になる……すぐ、酷いこと言うし……いじめるし……ごめんて言う前に、ちゃんと考えてよ……それに、してる間の言葉なんて、頭で考えたことないもの……そんなこと、してる間に考えて、気持ちよくなんか、なれるわけ、ないじゃない……いつも、すごく、気持ちいいのに……溺れて、なにもかも忘れていたいのに……」
言うつもりなんてなかったのに、言葉が止まらない。
最初は普通に喋ってたはずなの。声は途切れ途切れだったけど。でもどんどん、涙が溢れてきて、止まらなかった。
人前で泣いた記憶なんてほとんどないのに、どうして彼の前ではこんなに簡単に涙が出るの? 昂貴が私の涙腺を崩壊させる。いとも容易(たやす)く。
「……俺とするの、気持ちいいんだ?」
こくん、って頷いた。もう、声出なくて。
なんでそんなこと聞くのよ。そんなこと、知ってるくせに。何度も何度もいかせて、前にだって、気持ちよかっただろって聞いて頷かせたくせに、今更。
「俺とするの、好きなんだ?」
そんな恥ずかしい台詞にも、もう、すぐ頷いた。目をぎゅって閉じて、だからお願いこういうのやめてよって一生懸命全身で言った。
「……そうか……」
そのときの昂貴の声は、いろいろな気持ちが混ぜこぜになったような、複雑な声だった。優しさとも驚きとも納得とも取れるような。だから私は、わかってくれたのかどうかわからなくて、伝わってないのかもしれないって、怖くて。
そうしたら昂貴は、ベッドサイドにあった鍵を取って、手錠を外して放り投げた。さっき外したまますぐそばに置いてあったアイマスクも、一生不要だとでも言うように遠く、壁にぶつけないように手加減はしていたみたいだったけど、部屋の隅へ。
「え……?」
口唇で、私の涙を拭ってくれる。
優しい、やさしい口唇。甘い甘いくちづけ。
「ごめん」
わかってくれた。そう思ったら、ふるふるって、首を振ってた。
あんなに悲しかったのに、もう許してた。
「風澄……」
「……なに……?」
「あのさ……」
「……ん……?」
歯切れが悪い。なんだか、昂貴らしくない。すごく言いづらそう。なんだか、すぐに言ってしまいたいけど、なかなか言えなくて困ってるみたいな感じ。いつもはっきりものを言うひとなのに。珍しい……どうして?
「あるロシア人が言った言葉らしいんだけどさ……」
「え……?」
なに? いきなり。
「フランス語は、文学を語るためにある。ドイツ語は、哲学を語るためにある。ギリシャ語は、神を語るためにある。……結局は、ロシア語はその全てに相応しいとか言い出す、愛国心まみれのくだらない台詞なんだけど……それ以外は、結構上手いこと言ってると思うんだよな」
「うん……」
落ちついて考えてみると、確かにそれは言い得て妙だと思う。私はギリシャ語とロシア語は学んだ経験がないからよく知らないけれど、フランス語とドイツ語なら、習ったことがあるからわかる。だけどそれが、なに?
「それでさ……イタリア語は、なにを語るためにあると思う……?」
え……?
それ、どこかで聞いたような気がする。
なんだっけ……?
とんでもない体勢で、恥ずかしい格好をさせられているのに、気になって頭がそっちの方向に行っちゃう。記憶の引き出しのずっと奥を探していたら、昂貴が答えをくれないまま、そっと私に触れて、私の目を見て、ゆっくり口を開いた。
「……Ti amo, Kasumi……」
頬を撫でて。もう一度、くちづけて。優しくて……甘い、声。
こころからの。
「Ti amo……」
彼の言葉の意味はわからなかったけれど、
なぜか、目から涙が止まらなかった。
きっとその眼差しが、今までに見たこともないほど優しくて切なかったから。
今まで生きてきた二十一年間の人生で、いちばん。
そのとき私は、すごく言いたい言葉が心の中にあったような気がしたけれど、
まだ、声にならなかった。それがなにか、わからなかった。
そのときは、まだ。
* * * * *
その夜。
しはじめた、その状況的には異常だったけど……
初めて、普通に、した。
そして初めて、連続で、した。
その夜一晩じゅう抱き合っていたとはいえ、数度しかしていないはずなのに、絶えず求められ続けていたかのように思える。
長すぎる前戯と、激しすぎる行為。何度私が達せられ、何度昂貴が達したか、いつまでしていたのか、何度したのかさえ、憶えていない。
だけど行為の最中の昂貴の切なく細められた目と、ほのかに開かれた口唇と、そこから洩れる吐息と、身体を伝う汗を知った。
背中越しじゃなく伝わるその熱。
行為の最中も、何度もくちづけを繰り返した。
あの目にずっと見つめられ、あの身体にずっと包まれていた。
抱きしめて、抱きしめられて、腕と腕が絡んで、手を繋いで。
手から伝わる熱。こんなにお互いを強く感じるなんて知らなかった。
その首に縋りつけば、抱き寄せてくれる。
拘束なんてもうないのに、まるで縛られているかのように離れられなかった。
離れたくなかった。
彼の鎖に繋がれていたかった。
それは甘く激しい薔薇色の鎖――。
そして、彼の顔の向こう側の、その背中に爪痕を残して、
その腕の中で初めて名前を呼んだ。
――宗哉じゃ、なくて。
……雨音が聞こえた。
閉ざされた部屋の、小さなベッドの中で。
まるで世界で、たったふたりきりのように。
その腕の中で夢を見た。
私を抱きしめている、そのひとの。
ううう、ひとが真剣に考えてたのに。
「あなたが日本語で話しかけたんでしょうが! いいって言ったじゃない!」
「ふぅん? そんなこと言っていいのかな?」
「え……きゃあぁ! っあ……あぁ、あ、やああぁあん!」
そんな、いきなり動くなんて……っぃやぁ!
「っ……はっ、あ……あ……やぁ……っく、はあぁん……んあ……」
さっきまで平常心で普通に喋っていたのに、一気に快楽の中に引きずり込まれる。抗えない――抗いたくない。流されて、その頂点までいきたい。
引いていた汗が、一気に噴き出す。昂貴のと私のと、混じっていく。
「あ……あぁっ……っああぁ……んああ……ひっ、くひぃ……」
ずぶずぶ、ぐしゅぐしゅ、じゅぶり、ごぷり。ものすごい恥ずかしい音。お互いの結合部から沸き立つ、体液の絡み合う音。部屋に響いて反響して、頭の中まで快楽に染められる。昂貴一色になる。
「ん……んうぅ……っうあ、ああぁ! っきゃ……や……あ」
突然のことに自分の存在がどこかへいってしまいそうで、思わず昂貴にしがみつこうとして、拘束に気づく。切なくなって、でも触れていたくて、彼の首へと腕で輪を作って通す。抱きしめたい。抱きついて、縋りつきたい。でもできない。細くも太くもない、均整の取れた、力強くて、逞しい身体。安心して頼って、縋れる。
「あぁん! っあ……あぁ、いやぁ……っふ……っは……はあぁん!」
自分の喘ぎ声が最高潮の甘さで響いて、それを聞いた自分自身が感じてしまう。身体がぎゅっと締まって、そのたびに昂貴が呻く。
ねぇもう。
限界。
もう我慢なんかできないよ。
「……っあ、もう……だめぇ……」
「っく……な……なにがっ、だめだって……?」
そう苦しそうに言うと――彼は動きを止めてしまった。
嘘……こんなの嘘……!
「っあ、やぁ……! やめちゃいやぁ……」
言って気づく、とんでもないことを言ってしまったことに。でも、こんな平常心がほとんど残ってない状態じゃ、すぐそんな恥ずかしさ消えてしまう。
「どうして……どうして……っ」
すぐにでもいかせて欲しいのに。こんな、こんなところで止められたら私はどうしたらいいのよ!? 酷い。こんなの酷い。あんまりよ……!
「あ……っ、意地悪うぅ……」
自分だって……自分だって今にもいきそうだったくせに、どうして止めるの。そのまま続けてよ。してよ。顔を見たら昂貴は、肌を伝う汗はそのままに、荒い息もまだ落ち着かないまま、でも表情だけは平静を保ってた。そして、その目が言ってた――『どうして欲しい? 言わなきゃいつまでたってもこのままだぜ?』
その目を見たら、今度こそ、言わなきゃ許してもらえないかもしれないと気づく。だから、必死で、言いたくないけど、言えるギリギリのことを言ってみた。
「っねが……お願い……っあぁ……し、して……」
何度も繰り返したら、ため息ついてわかったよと彼は言った。この程度じゃ不満ってことなんだろうか? 一体なに言わせれば気が済むのよ? でも、やっと許してくれる気になったのかなと思ったら。
「じゃあそれをイタリア語で言ったら許してやるよ」
「しっ、知ってるわけないじゃないのそんなのっ!」
「教えてやろうか?」
あ……、
知ってるんだ……。
……知ってるんだ……!
そう思ったらすごい、むかっときた。こんな状況なのにそんな、過去なにがあったかまるわかりになっちゃうようなこと言わないでよ!
私を抱いてるくせに!
「……っ……イタリア人の、彼女に、っく、言われたの……?」
そう聞いたら昂貴は一瞬固まって、そしてにやりと笑った。
「……嫉妬?」
「っ……違うもん!」
私が誰が好きなのか、知ってるくせに。あなたに嫉妬なんかするわけないって。なのに、なぜか心の奥底を見透かされた気がして、顔が熱くなった。きっと、耳まで真っ赤だわ。なに言ってるんだろう私? 聞くまでもないじゃない。こんな健康で立派な『男のひと』が、何度もイタリアに留学してて、そういう相手がいないわけないのに。
今は他にいなくても、過去には絶対。
「ふぅん? まぁ別にどうでもいいけど」
そのとき、私の心臓、絶対ずきんって言った。
何かが刺さったように胸がぐっと締めつけられて、痛い。
咽喉まで首を絞められているみたいに、苦しい。
息ができない。
止まっていた涙が零れそうになる。まるで彼に涙腺を操られてるみたいに。
そうしたら顔に出てたみたいで。
「……悪い」
そっぽを向いて、ばつの悪そうな表情で、彼は呟いた。
「つまんないこと言うなよ……こうして、ふたりでいるんだから」
なんで。
どうしてそんなこと言うの。
酷いことしてるのそっちじゃないの!
ちゃんとしてくれない。ちゃんとして欲しいのに、どうしてこういうやり方するの?
そう思ったらすごく悲しくて。
「だからだもん……」
「え?」
「こ、こんなのやだ……いつもいつも……こういう変なことばっかりで……ちっとも、普通にしてくれなくて……え、えっち……してても、どんなに、気持ちよくても、なんか違うよ……すごい、すごい寂しいし……不安になる……すぐ、酷いこと言うし……いじめるし……ごめんて言う前に、ちゃんと考えてよ……それに、してる間の言葉なんて、頭で考えたことないもの……そんなこと、してる間に考えて、気持ちよくなんか、なれるわけ、ないじゃない……いつも、すごく、気持ちいいのに……溺れて、なにもかも忘れていたいのに……」
言うつもりなんてなかったのに、言葉が止まらない。
最初は普通に喋ってたはずなの。声は途切れ途切れだったけど。でもどんどん、涙が溢れてきて、止まらなかった。
人前で泣いた記憶なんてほとんどないのに、どうして彼の前ではこんなに簡単に涙が出るの? 昂貴が私の涙腺を崩壊させる。いとも容易(たやす)く。
「……俺とするの、気持ちいいんだ?」
こくん、って頷いた。もう、声出なくて。
なんでそんなこと聞くのよ。そんなこと、知ってるくせに。何度も何度もいかせて、前にだって、気持ちよかっただろって聞いて頷かせたくせに、今更。
「俺とするの、好きなんだ?」
そんな恥ずかしい台詞にも、もう、すぐ頷いた。目をぎゅって閉じて、だからお願いこういうのやめてよって一生懸命全身で言った。
「……そうか……」
そのときの昂貴の声は、いろいろな気持ちが混ぜこぜになったような、複雑な声だった。優しさとも驚きとも納得とも取れるような。だから私は、わかってくれたのかどうかわからなくて、伝わってないのかもしれないって、怖くて。
そうしたら昂貴は、ベッドサイドにあった鍵を取って、手錠を外して放り投げた。さっき外したまますぐそばに置いてあったアイマスクも、一生不要だとでも言うように遠く、壁にぶつけないように手加減はしていたみたいだったけど、部屋の隅へ。
「え……?」
口唇で、私の涙を拭ってくれる。
優しい、やさしい口唇。甘い甘いくちづけ。
「ごめん」
わかってくれた。そう思ったら、ふるふるって、首を振ってた。
あんなに悲しかったのに、もう許してた。
「風澄……」
「……なに……?」
「あのさ……」
「……ん……?」
歯切れが悪い。なんだか、昂貴らしくない。すごく言いづらそう。なんだか、すぐに言ってしまいたいけど、なかなか言えなくて困ってるみたいな感じ。いつもはっきりものを言うひとなのに。珍しい……どうして?
「あるロシア人が言った言葉らしいんだけどさ……」
「え……?」
なに? いきなり。
「フランス語は、文学を語るためにある。ドイツ語は、哲学を語るためにある。ギリシャ語は、神を語るためにある。……結局は、ロシア語はその全てに相応しいとか言い出す、愛国心まみれのくだらない台詞なんだけど……それ以外は、結構上手いこと言ってると思うんだよな」
「うん……」
落ちついて考えてみると、確かにそれは言い得て妙だと思う。私はギリシャ語とロシア語は学んだ経験がないからよく知らないけれど、フランス語とドイツ語なら、習ったことがあるからわかる。だけどそれが、なに?
「それでさ……イタリア語は、なにを語るためにあると思う……?」
え……?
それ、どこかで聞いたような気がする。
なんだっけ……?
とんでもない体勢で、恥ずかしい格好をさせられているのに、気になって頭がそっちの方向に行っちゃう。記憶の引き出しのずっと奥を探していたら、昂貴が答えをくれないまま、そっと私に触れて、私の目を見て、ゆっくり口を開いた。
「……Ti amo, Kasumi……」
頬を撫でて。もう一度、くちづけて。優しくて……甘い、声。
こころからの。
「Ti amo……」
彼の言葉の意味はわからなかったけれど、
なぜか、目から涙が止まらなかった。
きっとその眼差しが、今までに見たこともないほど優しくて切なかったから。
今まで生きてきた二十一年間の人生で、いちばん。
そのとき私は、すごく言いたい言葉が心の中にあったような気がしたけれど、
まだ、声にならなかった。それがなにか、わからなかった。
そのときは、まだ。
* * * * *
その夜。
しはじめた、その状況的には異常だったけど……
初めて、普通に、した。
そして初めて、連続で、した。
その夜一晩じゅう抱き合っていたとはいえ、数度しかしていないはずなのに、絶えず求められ続けていたかのように思える。
長すぎる前戯と、激しすぎる行為。何度私が達せられ、何度昂貴が達したか、いつまでしていたのか、何度したのかさえ、憶えていない。
だけど行為の最中の昂貴の切なく細められた目と、ほのかに開かれた口唇と、そこから洩れる吐息と、身体を伝う汗を知った。
背中越しじゃなく伝わるその熱。
行為の最中も、何度もくちづけを繰り返した。
あの目にずっと見つめられ、あの身体にずっと包まれていた。
抱きしめて、抱きしめられて、腕と腕が絡んで、手を繋いで。
手から伝わる熱。こんなにお互いを強く感じるなんて知らなかった。
その首に縋りつけば、抱き寄せてくれる。
拘束なんてもうないのに、まるで縛られているかのように離れられなかった。
離れたくなかった。
彼の鎖に繋がれていたかった。
それは甘く激しい薔薇色の鎖――。
そして、彼の顔の向こう側の、その背中に爪痕を残して、
その腕の中で初めて名前を呼んだ。
――宗哉じゃ、なくて。
……雨音が聞こえた。
閉ざされた部屋の、小さなベッドの中で。
まるで世界で、たったふたりきりのように。
その腕の中で夢を見た。
私を抱きしめている、そのひとの。
To be continued.
2003.10.15.Wed.
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