"Ti amo."

02.雨


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 その次の日は雨だった。まだ梅雨の明けきらない七月。
 目が醒めると、前にも見た光景が広がっている。ベッドを共にした後のけだるい朝。素肌に直接触れる布の感触。お互いの裸身と隣に眠る彼の顔、そして、そのぬくもり。こんなふうに一緒に朝を迎えるのはまだ数えるほどなのに、懐かしい気がするのはどうしてだろう。私の部屋で一緒に過ごしたのも初めてなのに。不思議。そんなことを考えながらまだ眠っている彼の顔を見つめていたら、いきなり不意打ちで軽いキスをされた。……まったくもう、朝からなにしてるんだか……。
 時計を見たら、もうお昼に近かった。お互い朝はあんまり強くないし、昨日は疲れちゃったから仕方ないかな。
 それにしても、朝、ふたりとも裸でベッドにいたのに、イタリア語の教科書とノートをつきあわせて読んでたのってどうなのよ。私たちらしいと言えば、らしすぎるほどらしいんだけど。まぁさすがに、ご飯食べるときに着たけどね。

 朝食は簡単に、コーンフレークとヨーグルトとオレンジジュースと生野菜のサラダ。やっぱり手抜きかなぁ。でも、雨のせいか、なんとなく外に出る気にならなくて、うちで済ませられるものばかり。昨日あれだけ食材を買いこんだからお昼も夜も余裕だわ。そういえば、ここで暮らし始めてから初めてね、この冷蔵庫がこんなに埋まってるのを見るのは。
 こんなふうに何度一緒に食べたかな。たった数度のはずなのに、ずっとこうして暮らしてきたみたい。ふたりで過ごすことが、至極あたりまえのことのように思える。すごく自然に自分が笑えるのがわかるの。彼の穏やかな微笑みが、私を安心させて、落ち着かせる。
 ついこの間まで、名前さえ知らなかったひとなのに。

 そして、その日はずっとふたりで部屋にいた。静かな雨音を聴きながら。
 私の部屋なのに、昂貴がいる。
 見慣れない光景を不思議だと思うのに、ちっともおかしいとは思わない。
 部屋に響くのは、雨の音とふたりの声。梅雨の最後の、結構な大雨だったんだけど、マンションの上のほうだから、そうは聞こえない。
 雨音のせいで、なんだか小さな世界に閉じ込められたみたい。
 正直なところ雨はあんまり好きじゃないんだけど、こうして部屋の中でその音を聞いているのは好き。落ち着くでしょう? そういえば、母親の胎内の音はシャワーの音とかテレビの砂嵐とかに似た連続音だって聞いたことがある。赤ちゃんに聞かせると泣き止むんだって。それに似てるのかもしれないな、雨だって、とめどなく落ちてくる連続音だものね。それから、雨の降っている光景を見るのも好き。だって、空から、水が零れてくるのよ? 素敵じゃない? そんなことを思う私はちょっと夢見がちかもしれない。普段は結構リアリストだと思うんだけど。変かな。私らしくない?
 でもね、雷は怖いの。もし鳴ったら、きっと笑われる。光が怖いから電気をつけて、音が怖いから音楽を聴いて、恐怖感を逸らすために本を読んで、それでも怖くて、枕とかにしがみついちゃうから。そういえば、友達が台風とか雷とかが大好きで、うきうきするって言ってたけど、女の子ってそれが普通なのかしら? 私にはとても無理だわ。台風に雷に洪水に、ましてや地震なんて、想像しただけでも嫌だもの。……ねえ、もしそんなことになったら、昂貴にしがみついてもいい? 笑って頭を撫でていてくれる?
 でも、もしかしたら怖くないかもしれない。
 昂貴と一緒なら。

 今考えると、この日をこんな平和に過ごしていた私は馬鹿だったかもしれない。
 だって、この時はまさかあんなことをされるなんて夢にも思わなかったんだもの!

 その日の夕方までは普通に勉強してたの。楽しかったな。昨日の続きで勉強はすごく大変だったけど。お料理も教えてもらって、ずっと一緒にいた。「もうほとんど大丈夫だな、思ったより早かった、頑張ったな」って言ってくれて。昂貴の太鼓判もらえたら大丈夫って思えたし。
 だけどそれは、そこで終わればの話なわけよ。
 問題は、その日の夕食が終わって、お風呂からあがってからだった。
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To be continued.
2003.10.10.Fri.
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