忘れられない過去

10.An Extra


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* Kouki *
 わかるだろうか、おまえに。
 どのくらい悔しかったか。
 どれくらい、おまえという存在を欲しかったか。

 それまでの、たった二度の行為。
 激しく抱いた。何度もイかせた。
 心が俺を求めなくても、せめて身体は求めるように。
 俺でなければ満足できないように、身体に憶えこませておきたかった。

 たとえどんなに相性が良くて上手い他の男に抱かれても、
 『宗哉』でも、感じなくなるくらいに。
 そうなって欲しかった。そうだったらどんなにいいかと思ってた。いつも。

 * * * * *

 おまえは、俺といるときはあいつのことを忘れていられる。
 その自信があった。数度しか会っていなくても。心から安心してまどろんでいる姿を見たから。俺の話に夢中になって、真剣に考えているのを知っているから。

 だけど、抱くときはあいつを思い浮かべてろと言っていた。それが、風澄を抱く言いわけだったし。どこか不安だったのかもしれない。俺のことを考えて、果たして風澄は本当に感じるのだろうかと。身体を満たせないなら俺の役割はないから。
 けれど、いつも考えていた。
 誰を想っていても、何を考えていても、おまえが抱かれているのは俺だ。しかめた眉も、喘ぐ声も、震える身体も、俺の行為で感じてる。全て俺のしていることに応えてる。そして拒まない。嫌がっても、優しく慣らせば受け容れる。それに、あの反応。どんなに作ったって、あんなよがり声は出せない。身体の反応だって。
 だから俺は少し自惚れていた。意地悪したりもしてみた。
 このままいけば、時間はかかってもいずれ風澄は手に入るだろう。そう思った。

 だから荒療治がてらあいつとの思い出があるという場所に行ったんだ。
 何があったか知らないが、そこに俺との思い出を上書きすればいい。
 楽しくふたりで過ごすだけでも、その過去は違う思い出になるはずだ。
 だけど。

 どんなに側にいても、楽しそうにしていても、
 ふっとその表情が途切れることがある。

 そんなに。
 そんなに。
 ――そんなに『宗哉』がいいのかよ!?

 そばにいるのに。手を引けばついてくる。くちづければ応えてくれるのに。
 おまえの目の中にいるのは俺だ。
 なのにおまえは俺を見ていない。

 俺の知らない、昔この空間で過ぎていった過去を見てる。

 馬鹿野郎。
 おまえを愛さなかった男なんか見るな。
 すぐ目の前に、ずっとおまえしか見ていなかった俺がいるのに。

 俺なら抱きしめてやれる。欲しいものを与えてやれる。全て。
 なのに、風澄が求めるのはいつだって俺なんかじゃない。
 どうして届かない?
 こんなに、側にいるのに。
 抱きしめていても、おまえは違う男を想っている。
 『宗哉』だけを。

 無理矢理口唇を重ねて、身体をこじ開けて、繋いでも。
 おまえは俺のものなんかじゃない。
 泣いて拒むおまえを、貫いた。
 誰かが見ていても構わない。最中の風澄の反応は独占していたかったけれど、それすらも見せつけて、まわり中に言ってやりたい気分だった。
 風澄は俺のものだ。
 俺の女だ。俺の腕の中で、喘いで、乱れ狂ってる。
 他の誰にも、そんなことはできない。
 許されているのは、俺だけ。

 ふたりで歩いている間、何度振り返った男がいると思う?
 憧れるように見上げる女も。
 俺たちふたりを、羨ましそうに見つめる奴さえいたのに。
 どんなに俺が誇らしかったかわかるか?
 なのに、おまえはそんなもの歯牙にもかけない様子で。

 容姿を褒めたら、きっとこう言うんだろう。
 「だけど、本当に好きなひとに好かれたわけじゃない」

 風澄が欲しかったのは、家柄でも血筋でも学歴でも容姿でもなく、あの男ただひとり。

 歴史にifはない。なにもかも、全て過去のことだ。決して覆らない。
 けれど考えずにはいられない。
 そいつがもし、風澄を受け入れていたら。
 ……そうしたら、風澄がこんなふうに乱れ狂うのは、あの男の下でだった。
 今だって、たぶんそれを想像してる。
 初めて、『俺』で塗り替えてやると言った今も、きっと。

 * * * * * 

 言えないよなあ。『忘れさせてやる』なんて言って連れてきたくせに、本当の理由は『癪だったから』だなんて。あいつとふたりで来たわけじゃなくても、いい思い出が欠片もなくても、面白くない。
 わかってるのかよ? 初デートなんだぜ俺たちの。
 きっと風澄は気づいていない。
 あいつとの思い出に浸ってたから。
 だけど。

 嫌がる風澄が感じだして、あんなふうにしてもイってくれたこと。どんなに嬉しかっただろうか。男冥利とか、そんなんじゃない。『宗哉』じゃない、俺で感じてくれたんじゃないか、そう思ったからだ。
 忘れさせるため。その理由は本当だけれど、もしかしたらそれよりもっと嫌な思い出を作ってしまうことになったかもしれない。そのまま見捨てられても、縁を切られても仕方なかったかもしれない。なのに、嫌だと言っても、拒まなかった。最後まで。終わってからも怒っていたけど、許してくれた。笑ってくれた。
 初めて名前を呼ばれて、ありがとうと言われたとき。
 俺は、どうしていいかわからなかった。
 嬉しすぎて。
 後ろめたさも、後悔も不安も心配も、みんな吹っ飛んだ。風澄の一言で。
 だから一番したいことをした。照れ隠しもあったけど。
 だけど、そうしたらやっぱり怒られた。いいじゃないかキスくらい。見られるのが嫌なんだろうか。でも、させてくれるんだよな。
 風澄のために我慢したいけど、やっぱり我慢できなさそうだ。
 ごめん。でも今度はちゃんとベッドでするから。頑張ってもたせなきゃな。

 そして、思ったんだ。
 都合のいいときだけ利用する、いつでも縋れる便利な奴でもいいから、
 俺は風澄を想い続けよう、と。
 叶わなくても届かなくても、理解されなくてもいい。
 この想いが続く限り。

 『宗哉』のことを想っていても、忘れられなくてもいいんだ。
 こうして誰よりも側にいてくれるなら。
 いつかそれで足りなくなる日まで。

 どんな悲しみも苦しみも、すべてみんな癒すから。
 だからどうか、笑っていて。
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First Section - Chapter 2 The End.
2003.09.28.Sun.
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