忘れられない過去

04.情事の後


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 どのくらい経っただろう。触れる肌が心地よくて、離れたくなかった。鼓動もすっかり安定した頃、やっと昂貴が起き上がった。
「っひゃぁん!」
 思わず声が出た。抜かれる時ってすごく変な感じがして、つい反応しちゃう。いったばかりで、身体もまだ敏感なままだし。抜かれても体内に異物感は残るから、慣れるまではずっと嫌な感じだったんだけれど、今は全然嫌じゃない。触れ合う熱と温かさはもうないけれど、終わってからも抱かれ続けてる感じが残って、浸ってしまう。私が、淫らになったっていうことなんだろうか。穢(けが)れた? そうかもしれない。あんなに感じて、乱れさせられて、もう否定できない。それに、自分が綺麗な人間だなんて、全然思わないし。……そんなこと、思えないし。
「大丈夫か?」
「……うん」
 落ち着いていたところに、またいきなり心拍数跳ね上げられたけど。
「おまえのさ……中から出たときの声ってやらしいよな」
 って、なんてことを言うのこのひとは……。
「そんなの、出そうと思ってしてるわけじゃないわよぅ……」
「だからいいんだろ」
 最中だって、狙って出したことなんかない。実を言うと、過去のことを思い返しても、あんな声を出した憶えはない。だって、自分自身でも知らなかったくらいなんだもの。どうしてだろう。あなたが上手すぎるのよって言ったらどういう反応をするだろうか。言ってみたい気もしたけれど、とても言えないわね。さっきなんて、なにを言わされるかと思ったし。まさかこの先、本当に言わされちゃたりするんだろうか。彼が本当に聞きたい台詞がどんなものかなんてわからないけど、絶対恥ずかしい台詞なんだろうな。ううう……やっぱり変態さんじゃないのぉ……。
 呆然としていたら抱き起こされた。そうしたら彼は私の服なんか整えはじめて。
「や、ちょっと、自分でできるってば!」
「いいからいいから」
「先に自分のやりなさいよ自分の!」
「だから、そっちは風澄がしてくれよ」
 なにをまたわけのわからないこと言ってるのこのひと……。
 なんて思っていたら、本当に私の身支度を全部整えられた。クーラーがきいているから結構汗は引いてるんだけど、まだ肌に湿り気が残ってるせいか下着が上がりづらい。指を通してそっと上げてくれる。ブラのカップに胸を入れてくれたりなんかもして。って言うか、どうしてそんなことまで知ってるの! ……つまり、経験が多いってことよね……。しかも、どさくさにまぎれて触るし。そして私の服装をきっちり整えて、髪の毛まで手で梳いてくれたりして。これで完成っていうふうに、ぽんぽんと優しく頭に触れた。そして、私の前に立って怪しげなほどにっこり笑う。普段締まった顔つきなだけ緩みまくってる気がする。……つまり、やれってこと?
 始末は終わってるから(さすがにほっとした)、上だけなんだけど……なんであなたまでシャツはだけてるんですか。そりゃあ、あれだけ激しくされて相手が全然乱れてなかったら嫌だけど、いつの間にそんなことしてたのよ? 隙間から胸板が見えて、なんか恥ずかしい。するのは二度目なんだけど、一度目は目隠しされてたし、次の朝にじっくり見たわけじゃないから、初めて見るも同然なんだもの。そりゃあ、他の人のを見たことがないわけじゃないのよ。だけど……なんていうか、違う。だって、本当にれっきとした大人の男のひとの身体つきなんだもの。鍛えてて、締まってる。ごついとかじゃなくて、均整の取れた身体の見本みたい。焼けてなくて、しかも色白なんだけど。あ、肌の色がすごく綺麗。たいてい男性は焼けているほうが好まれるものらしいけど、私は家系的に色白が多いせいか焼けている人より馴染みやすくて好きなのよね。でも、これだけ鍛えてるってことは、もしかして昔は体育会系の部に入ってたりしたのかしら? 意外とああいう体質が合うのかな。私には絶対に無理だけど。
 そんなことを考えながら彼のボタンをひとつずつはめて、綺麗に整える。終わったところで顔を見上げたら額に汗が残っていて、指で拭(ぬぐ)った。そうしたらその手首をつかまれて、甲に触れるだけのキス。甲にするの、好きなのかな。前にもされたよね。物語や映画に出てくる、貴族の姫君への挨拶みたい。
 ふと気づいたら、あの絵の載った本はいつの間にかデスクから落ちていた。
 ……宗哉の絵が。
 私はあの行為のさなかで、誰を思い描いていたのだろうか?
 昂貴が宗哉になったのだろうか。それとも宗哉が昂貴になったのだろうか? 落としてしまったことさえ憶えていない。そんなことを考えていたら、視線に気づいた昂貴がその本を拾ってくれた。良かった、傷ついていない。ほっとした。本を粗末にするのは嫌だったから。
「帰ろうか」
 どこに? って聞くまでもない。
 差し出された手につかまってデスクから降り、もう一度身支度を整え、荷物を取って。
 部屋を出る前に一度だけ長いキスをした。それはとても優しく、そして甘かった。
 渡された重い本は全部、彼の手の中にあった。
Line
To be continued.
2003.09.17.Wed.
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