最悪の巡り逢い

06.想い


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 こんな状況で普通の女はしないだろうし、ましてこんなことは言わないだろう。だけど、今は、異常な状況だから。……だからだ。彼女が俺を、受け容れるなど。
 キスをする。今までで一番優しく。軽く何度もくちづけて、最後に深く長く。じっくりと味わうように。そしてそのまま耳に触れ、執拗(しつよう)に肌を舐(な)めながら首筋を降りて、襟元に届いたところでブラウスのボタンに手を掛ける。ゆっくりと脱がしながらも、口唇は肌から離さない。下着に手を掛けたところで彼女はぴくりと動いたけれど、そっと外しても風澄はなにも言わずに受け容れてくれた。
「っあぁ……」
 その胸にくちづけると、小さな声が響いた。それは確かに官能の喘(あえ)ぎだった。感じてくれているんだと思うと無性に嬉しいし、もっと感じさせてやろうと俺は彼女の性感帯を探りながら何度も触れた。しつこいくらいに首筋や胸にくちづけると、そのたびに声をあげる。もっと聞きたくて、いつの間にか口を押さえていたらしい右手を取り払った。指をからませ、繋いで、甲にキスをする。
「声……我慢しないで」
 そっと囁いて、また続ける。
「っはぁ、っかはら……たかはらさん……っ」
 必死で俺の名を呼ぶのが愛おしくて、だからかえって許す気になった。
「……いいよ、無理しなくて」
 どうせ心の中にだって俺はいないんだ。だから……。
「『宗哉』って、呼んでいいから……」
 その言葉に風澄は理性を崩されたようだった。
 絶えず口唇から洩れる言葉は、既に日本語の意味を成していなかった。
 無我夢中で風澄に触れる。白い肌。細い身体。適度な胸の膨らみ。触り心地の良い肌理(きめ)細かな肌はおかしくなりそうなほど柔らかくて、触れている俺の手のひらに吸い付いて離れない。ずっとこうして触れたいと思っていた身体。風澄の無防備な姿に、俺はそれこそ初めてのときより興奮していた。
 今すぐにでも風澄の中に入りたかったけれど、それ以上に風澄に触れていたかった。しつこいくらい全身を撫で回して、彼女と行為を交わすのはこれが最初だというのに、触れていないところがないくらいにくちづけた。
 気づくと風澄は泣きながら悶えていた。目隠しで涙は見えなかったけど。嬉しいのか、それとも悲しいのか……でも、身体は反応していたから、俺はそのまま続けた。悲しいのだろうな、とぼんやり考える。だって、俺はあいつじゃないんだから……。やはり、あいつの名前を呼ぶことには遠慮しているらしい。耳に入るのは喘ぎ声ばかりだった。俺を想ってのことではないと知っている。けれど、あの超然としている風澄が俺の中でこんないやらしい声をあげているのだと思うだけでクる。
 宗哉とか言ったか。そいつは本当に馬鹿だよな。風澄がそいつに抱かれたことがあるのかどうかは知らないし、どんなことがあったのかもわからないけれど、こんないい女を捨てるなんて。そいつが居たら俺の出番は無いから馬鹿で良かったけど、絶対に感謝なんかしてやらない。
 ……初めて逢ったあのときには、もう既にあの男を想っていたんだな。
 そう考えたらまた嫉妬の炎ってやつが燃え上がって、何も考えられなくなった。その身体からその男の記憶を消したかった。身体じゅうにくちづけて、痕をつけて、俺のものだと知らしめるように。本当は俺のものなんかじゃないのに。だけど今この瞬間だけは、風澄は俺の女だった。俺と快楽を共有する相手だった。
 初めてじゃないということは反応でわかっていたけれど、それと同時に、しばらくこんなことをしていないということもわかっていた。そこに指を這(は)わせると、指先に熱い液体が触れた。溢れるように濡れている。意外と感じやすいんだな。指でゆっくり慣らしながら、そこを探し当てる。そっと指を挿れると、なんとか入るくらいだった。できる限り風澄に痛い思いをさせたくなくて、優しく動かしてみたけれど、彼女の部分はきついまま、俺の指を強烈に締め付ける。そこで指を抜いたら、愛液に塗れたそれは驚くほどふやけていた。風澄の中が熱く湿りすぎていたからだ。けれど一向に緩む気配はなかったので、口唇を近づけて舌で触れると、風澄は声にならない叫び声をあげた。こんなことをされたのは初めてだったのだろうか。俺もあまりしたことはないけど。
「っあ……そんなところ……っ……」
 シャワーも浴びてないのに、などという言葉が聞こえてきて、無性におかしくなった。そこに顔を埋めたまま笑ってしまったせいで、息が当たって余計に感じるらしく、触れてもいないのに彼女は反応していた。……もったいないじゃないか、シャワーなんか浴びたら。風澄の匂いに包まれたいのに。そんなことを考える自分に驚く。潔癖症とまではいかないにしても、俺は結構綺麗好きなほうだったし、よく考えてみたら、する前に浴びなかったことは今までなかった。まぁ、本当は浴びたほうが衛生上はいいんだが、今日はもうなし崩し状態だし、今から風呂に連れ込むのは無理だろう。だいたい、それで逃げられたら元も子もないからな。離してやらない。
 そこで口唇の動きを再開する。口に広がる独特の味。体液だから、ほんのりと塩っけを感じるのが普通だろうに、不思議なほどに甘かった。指も使って、風澄のそこをいじり倒す。指を入れたまま敏感な部分を吸い上げたところで、風澄は小さな悲鳴をあげて身体を仰け反らせ、それからくたりと弛緩(しかん)した。俺の行為で達してくれたのだと思うと無性に嬉しくなり、荒く息をつく身体を抱きしめて、また全身に触れる。
 そんなことを散々繰り返し、前戯だけで何度もイかせて彼女が乱れきった頃、俺は風澄に入っていった。充分に、それこそ必要以上に濡れていたけれど、狭くてきつく、そして熱かった。薄い膜越しなのに。ふと彼女を見やると口唇を噛み締めて息を切らしている。風澄は眉をしかめて痛み混じりの圧迫感に耐えているのに、どうして俺は目の眩(くら)むような快楽を感じているのだろうか。申し訳ない気がして、少しでも彼女の身体が馴染むように、しばらくそのままの体勢で彼女の熱さを感じていた。そして、彼女の身体の緊張が収まったところで、ゆっくりと慣らし始める。散々イかされて疲れきっていた風澄は辛そうだったけれど、動いても喘ぎ声を上げるばかりだったから、俺は一気に早めた。もう我慢できなくて、膝を折って開かせた脚の太腿を抱えて、奥まで届くように何度も何度も突く。姿勢を変えて、動きを変えて、俺は風澄の中で暴れまくった。
 俺の腕の中で、誰を想っていてもいい。俺のことなんか好きでなくても構わない。だけどおまえは確かに俺の腕の中で高らかに喘ぎ声をあげ、淫らに身体を震わせて快楽を貪っている。それだけで今は、充分だ。
 俺は三年分の風澄への想いを、風澄は三年分の宗哉への想いを、一気にぶつけた。
 それはまだ、ゆがんだ形をしていた。

 気絶半分で眠りについた風澄を抱きしめて、その耳元で囁いた言葉はきっと聞こえていない。
 いつか言える時が来るだろうか――。
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To be continued.
2003.09.11.Thu.
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