No Rose without a Thorn

01.Gentry, Mildly, Secretly, and...


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* Kasumi *
 目が醒めたとき……
 わずかなカーテンの隙間から、月明かりが洩れていた。
 全てを包み込むように、部屋をほのかに染めて。
 優しい夜。

 すぐそばで、筋肉質の胸が、穏やかに上下している。
 安らいだ寝息。
 出逢った頃よりも少し伸びた前髪に、そっと触れた。

 ――恋人同士なんかじゃない。
 だけど、こうすることがすごく自然に思えた。
 何年も繰り返してきたことみたいに。

 * * * * *

 携帯で調べた、駅から程近い、入ったことのないシティホテル。
 ロビーに私を座らせると、そのまま彼はフロントに歩いた。ろくに荷物も持っていなかったから、周囲の人には私たちの目的は明らかなんじゃないだろうか。そう思ったら恥ずかしかったけれど、キーを片手に戻ってきた彼の腕に、迷わず自分の手をそっと絡ませた。それさえも、当然のことのように思えた。
 客室係の案内を断り、私たち以外に誰もいないエレベーターの中で、手を繋いだままなにも喋らないでいたら、自分の心臓の音が聞こえた。
 もちろん、それは、不安なんかじゃなくて。
 だけど、緊張と恥ずかしさもあって、つい下を向いていたら、彼の指が私の顎をそっと持ち上げて、掠めるように、触れるだけのキス。
 瞬間でも、口唇のあたたかさは伝わる。
 でも、触れてしまったぶん我慢もできなくて、思わず同じように返してた。
 私の全てを包み込むような、深く優しい眼差しに、瞳で応えて。
 そして、手をしっかりと繋ぎなおして、開いたドアの向こうに踏み出した。

 カードキーを通して、ドアを閉めて、優しいくちづけを交わして、見詰め合って。
 なんだかおかしいような、くすぐったいような、不思議な感じ。
 思わずふたりして笑ってしまった。

 荷物を置きに奥へ入って、どきっとした。
 ヨーロッパ風にまとめられた室内の中央に据えられた、大ぶりなベッド。
 ついさっきまでの行為を思い出してしまう。
 あんなところで、自分から求めてしまったことに今更恥ずかしくなる一方で、これからの行為を期待しているのも確かで。
 立ち止まってしまった私を、後ろからそっと包む彼。
 そのぬくもりが、私の躊躇を消していく。

 ただ、求められるまま応えて。
 そして、求めるまま、応えを受け容れて。

 それだけで良かった。
 なにも考えず、ただ素直に、お互いを確かめ合うだけで。

 あんなに迷っていた自分が嘘のよう。
 今は素直に認められる。
 やっと気づいた。
 私が彼の腕を求めていること。
 この腕が欲しいという、自分の気持ちに――。

 * * * * *

 一度抱き合った後、私たちは夕食を摂りに出かけた。
 その帰りに、彼はコンビニに寄ろうと言って、何かと思ったら補充のためだった。
 まるでちょっとした悪戯が成功したときの子供のように笑う彼。
 恥ずかしかったんだけど、だけど……それで良かった。

 ガラスで仕切られたシャワーブースの中で、何度もキスを繰り返して。
 シーツの皺を増やしながら、いたずらするみたいにお互いを探り合って。
 ふざけたり、笑ったり……いつもの圧倒的な快楽とはまた別の心地よさ。
 こんな行為もあるのだということを、初めて知った。
 彼と交わした回数さえ既に少なくはないのに、まだ、新鮮な驚きがある。
 そのことを不思議に思う一方で……
 自分自身の、彼を知りたいという尽き果てぬ欲求を知る。
 満ち足りているのに、求める心が止まらない。

 触れ合って、うとうとして、目覚めた頃にまた指を伸ばして。
 夜が更けても、朝が来ても、まるで気づかなかったくらいに夢中で。
 ずっと……ずっとずっと、このままでいたいと思うくらいに。

 抱き合えば抱き合うほどに馴染む肌を重ねて。
 穏やかに、緩やかに、密やかに――そして、強く……。
Line
To be continued.
2005.01.11.Tue.
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