叶わぬ恋、届かぬ想い

01.名前


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* Kouki *
 生まれてから、一体何度名前を呼ばれただろう。
 もちろん、数えたことなんかない。
 セックスの最中に、喘ぎ声混じりに呼ばれたことだってある。憶えていないほど。

 だけど、名前を呼ばれるということが、あれほど幸せに思えたことはなかった。

 俺の名は、高原昂貴という。
 生まれて数日の俺を、祖母が『ノーブルな顔』と表現したのがきっかけだ。
 そこから『こうき』という音が決まった。
 父親の名を『貴一』、母親の名を『環』という。
 『貴』の字は、高原の家に代々伝えられてきた字だ。
 だから、姉は『真貴乃』、弟は『侑貴』の名を与えられた。
 漢字は、もうひとりの祖母につけられた。
 『昂』の字は、日が高く昇ること、そして、あきらかの意。
 『昂昂』で、志や行為の高いことや、群を抜いて優れていることをあらわす。

 それほど変わった名前じゃない。
 名字を呼ばれることのほうが多かったけれど、呼ばれ慣れないわけでもない。

 なのにそのとき、ただ名前を呼ばれただけで、俺はどんなに嬉しかっただろう。

 初めて風澄に名前を呼ばれたのは、俺たちが知り合ったその次の日。
 名前で呼んでくれと言った俺に応えて、一生懸命慣れない名を繰り返してた。
 でも、自分からは呼んでくれなくて。
 風澄から呼びかけることはそれほど多くなかったし、あっても、「ねえ」とか、「あの」とか、そんなふうだった。ふたりきりだから、それでも通じてしまう。そのことに、少し俺は複雑な気分だった。
 初めて風澄から呼んでくれたのは、俺たちが知り合った次の週。
 ありがとうという言葉つきで。酷いことをしたあとだったのに。

 けれど、どうしても、セックスの時には呼べなかった。俺も風澄も。
 なぜって、風澄は俺の腕の中で、俺を想っていたわけじゃなかったから。
 名前を呼ばれたら、違う男に抱かれていると嫌でもわからされてしまうだろう。
 そのとき、風澄が俺の行為に感じなくなるのじゃないかと、どこか怖かった。
 だからその最中は呼べなくて、だからこそ他のときはしつこいくらいに呼んだ。
 風澄にも、呼んで欲しくて。
 そして、その行為の中で初めて名前を呼ばれたとき、俺がどんなに嬉しかったか。
 受け容れられる悦びに、言葉で言いあらわせないほど満たされた。
 初めて触れ合ったわけでもないのに。

 知らなかった。ただ名前を呼ばれるだけで、あれほど幸せになれるなんて。

 ……風澄に無理をさせてしまったな。
 連続で何度もしてしまった。
 最初と最後は普通にしたんだけど、途中は無理な体位もしていたし。
 だけど絶え間なく喘いで、幸せそうに俺を呼んでくれたから、止められなかった。

 あの日曜日から、今日で五日目。
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To be continued.
2003.10.30.Thu.
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